私たちはぶどう酒に優ってあなたの愛を覚えます。《雅歌 一・4 英訳》
主イエスは、神の民が、ご自身の愛を忘れたままにはなさらない。仮に、神の民が受けて来た愛をことごとく忘れてしまうようなことがあったとしても、イエスは再び新しい愛を注ぐため、神の民を訪れてくださる。「わたしの十字架を忘れたのか。それなら、わたしの十字架を思い出させよう。わたしの食卓で、わたし自身をあなたに新たに示そう。新しい契約を結んだあの食卓で、わたしがあなたのために何をしたかを忘れたのか。それなら、それを思い起こさせよう。あなたは、不思議な助言者を必要としている。あなたが呼び求めるなら、わたしを見つけるだろう。わたしは、あなたの側で待っている。」
母親は、子どもが母を忘れたままにはさせない。我が子が見知らぬ外国に渡って行き、便りが来ないならば、母親から手紙を出す。「お前はお母さんのことを忘れたのかい。」しばらくすると、息子から優しい返事が届く。母親の慈愛に満ちた助言は無駄ではなかったのである。
イエスも同様である。主イエスは、「わたしを覚えていなさい」とおっしゃる。私たちは、「あなたの愛を覚えています」と答える。主の愛と、その愛によって動かされて来た比類のない歴史とを、私たちは忘れません。主の愛は、世の始まる前、父なる神と共にあなたがお持ちになっていた栄光のように、古くからある。
主イエスさま。私たちの救いの「永遠の保証」となってくださった、あなたの永遠の愛、そして、私たち教会を花嫁と定めてくださった、あなたの永遠の愛を忘れることはありません。あなたは、わたしは神にささげられるいけにえとなる、とお語りくださいました。私たちは、あなたの愛を忘れることはありません。その時が満ちるまで、あなたはこのことを思い巡らしておられました。「今、わたしはここに来ております。巻物の書にわたしのことが書いてあります。神よ、あなたのみこころを行うために《ヘブル 十・7》」と、あなたが待ち望んでおられた、あなたの愛を忘れることはありません。
主イエスさま。ベツレヘムの飼い葉おけからゲツセマネまで、聖なるご生涯の中に示されたあなたの愛を、私たちは忘れることはありません。私たちは、あなたが横たわった飼い葉おけから、葬られた墓あなまで、あなたの御足の跡をたどります。あなたの全てのみことばと、全ての御業は愛だからです。死も飲み尽くすことの出来なかったあなたの愛を喜び、あなたが復活してくださったことによって輝きを放った、あなたの愛を私たちは喜びます。選ばれた者が全て安全に憩い家に入るまで、炎のように燃え上がるあなたの愛に駆り立てられ、あなたは決して黙っていることはありません。その時、天の都シオンが栄光を受け、また、天のエルサレムが光と愛の永遠の基礎の上に据えられるのです。私たちは、炎のように燃え上がるあなたのその愛を忘れることはありません。
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