愛する者たち。もし自分の心に責められなければ、大胆に神のみ前に出ることができ、また求めるものは何でも神からいただくことができます。なぜなら、私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行っているからです。《ヨハネの手紙 第一 三・21~22》
神さまから約束のみことばを受けるためには、どうしたらよいのでしょうか。
第一に、私の中にある罪と、神さまに従えない不従順を、天のお父さまに告白しましょう。「たとい自分の心が責めてもです。なぜなら、神は私たちの心よりも大きく、そして何もかもご存じだからです。愛する者たち。もし自分の心に責められなければ、大胆に神のみ前に出ることができ、また求めるものは何でも神からいただくことができます。なぜなら、私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行なっているからです《Ⅰヨハネ 三・20~22》」と書かれている通りです。私たちの心に、罪と神さまに従えない不従順が一杯になっていれば、聖霊さまの御声は聞くことはできません。神さまからの約束のみことばを受けることはできません。罪は、私たちと神さまの間にそびえ立つ壁のようなものです。ですから私たちは、イエス・キリストの十字架の血潮を信頼して、罪を告白し、洗い清めて頂く必要があります。
第二に、いつも祈りましょう。祈ることなしに、神さまからの答えを得ようとする人がいますが、そのような人は丁度、柿の木の下で地面に寝そべり、柿がロの中に落ちて来るのを待っているようです。また、神さまはいつ答えてくださるのだろうと、神さまが答えてくださる時を知ろうとする人は、「棚からぼたもち」のように待っている人です。そのような人は、「果報は寝て待て」で、ただ手をこまねいて、何もしません。「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は受け、探す者は見出し、たたく者には開かれます《マタイ 七・7~8》」とイエスさまはおっしゃいます。 みなさん。私たちは、イエスさまの御名によって、いつでも祈る特権が与えられています。ですから、どんなことでも構いません、祈るべきなのです。けれども、私たちは祈りをおろそかにしています。イエスさまのように、徹夜して祈り、断食して祈り、朝早く祈りましょう。答えを得るまで祈りましょう。
第三に、私たちは聖霊さまが答えてくださることを期待しながら、待ち望みましょう。今の時代は「三分間のインスタント時代」です。すぐに答えが出ることが、良いことだと考えている時代です。人々はファーストフード(注文するとすぐに食べ物が出る店)に群がります。キリストを信じる人も、この世の流れに流されて、「すぐに神さまから答えを頂きたい」と、考えている人がとても多いのです。時には、神さまからの答えを頂きたいと考え、夜通し、ひれ伏して祈る時、瞬間的に、私たちの心の深い部分:霊に、神さまからの答えが与えられたことを感じる時もあるでしょう。
けれども神さまからの答えが来ないと言ってすぐ失望したり、挫折したりする人は、神さまからの答えを受けることはできません。主は私たちの信仰をテストする時があるからです。「私の兄弟たち。様々な試練にあうときはいつでも、この上もない喜びと思いなさい。あなたがたが知っているとおり、信仰が試されると忍耐が生まれます。その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは何一つ欠けたところのない、成熟した、完全な者となります《ヤコブ 一・2~4》」と書かれている通りです。
悔い改め、祈り続け、主を待ち望めば、時が満ち、神さまのみことばを受け、力ある信仰生活をすることができます。
お祈り:みことばを通して私たちと共にいてくださる天のお父さま、感謝します。私と家族が主のみことばをいつも心に刻み、生活で実践できますように。主の愛を受け取らせてください。日々主に近づくようにしてください。悪魔の試みに陥ることがないようにしてください。愛を実践できるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
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