7月23日 キリストのからだ

 また、神はすべてのものをキリストの足の下に従わせ、キリストを、すべてのものの上に立つかしらとして教会に与えられました。教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。《エペソ人への手紙 一・22~23》

キリストの教会は、キリストのからだです。イエスさまは教会の頭(かしら)です。頭と首は、からだの中でも最も重要な部分であるように、イエス・キリストが私たちの人生の最も重要な部分なのです。肉体の色々な部分は、傷つけられると手術したり、治療したりすることもできます。しかし頭がおかしくなった時は、治療や手術は大変難しいのです。最悪の場合には、人生は終わってしまうことも起こります。

イエス・キリストの信仰、これが私たち教会の頭です。イエス・キリストの信仰、これが私たちの心と思いの中心になる必要があります。この信仰が人生の中心にある人は、幸いです。この世の名誉や権力、快楽や物質が心と思いの中心にあれば、その人の人生は意味のないものになります。肉体のうちで頭の重要性を知り、頭を最も大切に保護するように、イエス・キリストの信仰を最も大切にし、これを守らなければなりません。ただイエス・キリストだけを信頼し、主を礼拝し、主を賛美し、主を愛し、主を人々に伝える生活を目指しましょう。

きょうのみことばに書かれているように、「キリストを、すべてのものの上に立つかしら(頭)として教会に与えられました。教会はキリストのからだ」です。からだは頭(かしら)に付いています。頭はいつもからだのことを考えます。からだに栄養を与え、着させ、治療し、面倒を見ることを考え、そのためにはどうしたら良いのかを具体的に進める器官が、頭です。頭はからだのことを考える器官です。寒ければ服を着せ、暑ければ涼しくさせ、お腹がすけば食べさせ、疲れれば休ませ、病気にかかれば治すことを、危険が迫れば身を守ることを考えます。

イエスさまは、からだについて考えておられます。またご自分の仕事を、からだを通して進めようとなさっておられます。そのため、みことばと聖霊を通して、私たちをきよくし、すべてをいやしてくださり、保護してくださり、導いてくださり、力をくださいます。神さまは、遠いところにおられる方ではありません。私信じる者の心の内に住んでくださる神です。イエスさまは、私たちのすべてを知っておられます。そうではあっても、「イエスさまが、私のような者のすべてを知っておられるのかしら?」と思い、悲しむ人がいます。これは本当に愚かな思いです。からだが、「頭は私のすべてを知っているのかしら?」という愚かな思いを持ち、悲しんだらどうでしょうか。そんなことはあり得ません。からだの事情を知らない頭はありません。同じように、頭なるイエスさまは、からだなる私たちのすべてを明らかに知っておられます。私たちは、この地上ではイエスさまの保護と恵みを受けながら生き、神さまの御国では主と共に永遠に生きることができるのです。私たちは、イエスさまと離れられないからだです。頭とからだが一つであるように、イエスさまと私たちは一つなのです。

お祈り:私たちの頭(かしら)なるイエスさまを賛美します。私と家族は、イエスさま中心に生きられませんでした。物質を愛したり、世を愛したりしました。赦してください。私と家族がイエスさま中心の生活をし、世に惑わされようにしてください。信仰によって歩むことができるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

7月22日へ   7月24日へ   7月の目次へ    毎朝のマナの目次へ

コメント