8月7日 聖なる者となる

わたしは、あなたがたの神となるために、あなたがたをエジプトの地から導き出した【主】であるからだ。あなたがたは聖なる者とならなければならない。わたしが聖だからである。《レビ記 十一・45》

主は、主の御心通りに生きる人を喜びます。その人を祝福します。ですから、主の御心をよく知る者となりましょう。主の御心に従う者になりましょう。そのためには、主と私がどういう関係にあるかを、知らなければなりません。主は、どのような品性をお持ちかを知らなければなりません。きょうの聖書箇所が、このことについて語っています。

第一に、このみことばは、「【主】こそ私の神」であると宣言しています。イエスさまのお名前を信頼して、神さまを信じてはいますが、神さまが自分の神さまである事実を確信できないまま、生活を送っているクリスチャンが今大勢います。王の王、主の主なる神さまは、他ならぬ、あなたの個人的な神さまとなってくださるのです。主なる神さまが私の神さまとなって私を守ってくださるならば、どんなに心強いでしょうか。使徒パウロは次のように言っています。「では、これらのことについて、どのように言えるでしょうか。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。《ローマ 八・31》」 まことに、神さまが間違いなく私の個人的な神さまであるという事実を確信できるならば、毎日の生活を恐れなく生きて行くことができます。

第二に、このみことばは、主なる神さまは、聖なるお方であると宣言しています。主は聖なるお方であることを深く知る者となりましょう。世界にあるすべてのものは、みな変わります。また滅びます。けれども神さまは、永遠から永遠に至るまで聖なるお方であり、変わらないお方です。神さまは全能のお方ですので、何でもできます。

第三に、このみことばは、神さまは、私自身が聖なる者となることを願っておられることを宣言しています。闇と光は交わることができません。善と悪は共存することができません。すずめはすずめ同志で集まり、カラスはカラス同志で集まります。ですから神さまとの交わりを願う人は、罪人であってはなりません。罪の中にいることはできないのです。自分の罪を神さまに告白しましょう。イエスさまの血潮で罪を洗い流して頂き、新しくしていただきましょう。神さまは、イエスさまの血潮できれいにしていただいた人を、義と認めてくださいます。神さまの御前に堂々と出る資格をくださいます。また毎日の生活の中で、罪を犯さないで、聖(きよ)い生活をして行こうと、聖霊さまにお頼りし、絶えず努力をしてゆきましょう。

お祈り:聖なる天のお父さまを賛美します。私は聖(きよ)く生きられませんでした。赦してください。聖い霊である聖霊さま、私と家族をささえてください。今の混乱した時代で、罪の誘惑に満ちた時代で、聖く生きることができるようにしてください。助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

8月6日へ   8月8日へ   8月の目次へ    毎朝のマナの目次へ

コメント