8月29日 必要のすべて満たして下さる神さま

また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。《ピリピ人への手紙 四・19》

キリスト教は、宗教ではありません。倫理や道徳でもありません。キリスト教は、宗教以上です。倫理や道徳以上です。私たちは皆、滅びの道を歩んでいました。神さまはイエス・キリストをこの地に送ってくださり、私たちの罪の身代わりに、イエスさまを十字架におかけくださいました。イエスさまは確かに十字架上で死なれました。けれども天のお父さまは、イエスさまを復活させ、私たちがキリストのいのちを豊かに持つことができるように祝福してくださいました。

人がイエスさまを救い主として心に迎え入れるとき、神さまはその人を義と認めてくださり、罪をすべて赦してくださいます。また、罪と悪によってけがれている心は、イエスさまの血潮で洗われ、きよめてくださいます。、神の御前に堂々と出られる資格を与えてくださるのです。肉体が病気ならば、その肉体をもって主の御前に進み出れば、この世で生きるための健康をも与えてくださいます。「主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし《詩篇 百三・3》」と、聖書に書かれている通りです。また、携挙のときには、イエスさまと同じ復活の栄光の肉体を頂くことができます。

また、イエスさまは十字架上で神さまから見捨てられ、呪いを受けてくださいました。ですから、私たちが神さまから見捨てられるということは、決してありません。イエスさまは、私たちを呪いから解放し、アブラハムの祝福で満たしてくださいました。「そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている《ヘブル九・27》」と書かれています。人がイエスさまを信じないで死ぬなら、神による裁きを受け、火と硫黄(いおう)が永遠に燃え続ける池に落とされます。イエスさまは、ご自分が死に、復活することで、死の力とサタンに勝利し、永遠のいのちを私たちのために備えてくださいました。その結果、私たちの本体である霊魂が、肉体という幕屋を離れても、主が備えてくださった天の家に帰ることができるようになったのです。そして携挙のとき、その霊魂は復活の栄光の肉体を着て、私たちに与えられている救いが完成するのです。更に、新天新地の永遠の秩序のとき、そこには、涙も、悩みも、嘆きもなく、病むことも、泣くことも、死ぬことも、離れることもなく、主と共に永遠に生きることができるのです。

きょうのみことばによると、私たちを満たしてくださるご性質が、神のご性質であることが分かります。満たしてくださる神さまに支配されることを追い求め、満たしてくださる神さまの御前に堂々と出られる資格を追い求め、神さまに向かって信仰の種を蒔くならば、主は今も、私たちの必要のすべてを満たしてくださいます。

お祈り:私たちの必要のすべてを満たしてくださる天のお父さま、感謝します。私は、神さまから受け取ることばかりを追い求めていました。そうではなく、まず神さまに支配される生活を追い求め、神さまの御前に堂々と出られる資格を追い求める者にしてください。隣人のために、ひと粒の麦になれるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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