9月22日 愛の発見

私たちは自分たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。《ヨハネの手紙 第一 四・16》

きょうから3回に分けて、「永遠の愛」について学びます。

エルサレムから南東の方角に、歩いて30分から40分の所に、ベタニヤという小さな村があります。そこには、ラザロとマルタとマリアの3人の兄妹が暮らしていました。両親は既に亡くなっていました。この兄妹は悲しみに沈んでいました。村中の人も、彼らのことをかわいそうに思い、「喜びを失った家、かわいそうな家」と呼んでいました。ところがある日、突然、この家に喜びが訪れて来たのです。この村に、イエスさまが弟子を連れていらっしゃったのです。そしてイエスさまは、村人に天の御国の福音を語られたのです。

イエスさまの語られたみことばが、マルタの心に入り、彼女の心にあった氷のような絶望と悲しみと死への恐怖が、全部消え去って行ったのです。そして、天の父なる神さまが「私を愛していてくださる」という確信が、彼女の心の中に湧き上がりました。その日、マルタは変えられました。その後、イエスさまはエルサレムに上って行かれました。エルサレムからの帰り道、イエスさまはもう一度、ベタニヤに立ち寄られました。マルタは、イエスさまを自分の家にお招きしました。マルタはイエスさまをお迎えするための準備に追われて、とても忙しそうに、食事の準備をしていました。ところが妹のマリアは、マルタの手伝いもせず、目を輝かせてイエスさまの足もとに座って、イエスさまの語られることばに聞き入っていました。それを見たマルタは、イエスさまに言いました。「マリアが食事の準備の手伝いするように、マリアにおっしゃってください。」

イエスさまは答えて言われました。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。《ルカ 十・41~42》」

今、人々は、マルタのようにたくさんの仕事をすることこそ、成功した人生だと誤解しています。仕事が多ければ、悩みも多いのです。地位や名誉や人々からの評判を得、またお金を得、更にはノーベル文学賞も得たヘミングウェイは、「本を書いたり、小説を書いたりという仕事の中には、何の価値も見出すことができなかった」と言っています。彼は人生の最後になって、「私は、フィラメントの切れた電球のように寂しい」と言って、自殺してしまったのです。

マリアが選んだ仕事とは、何でしょうか。イエス・キリストの愛を知り、主から永遠のいのちを受けることです。この地上にいる私たちにとって最も重要なことは、仕事で成功することではありません。イエスさまに忠実であることです。そして、イエスさまに愛されていることを知り、イエスさまから永遠のいのちを受け取り続けることなのです。愛は天の父なる神さまから出ています。父なる神さまとの交わりによって、愛を受け取ることができます。毎日、聖書を読み、イエスさまの御名によって、父なる神さまに祈る生活を送りましょう。

お祈り:愛の源なる天のお父さま、感謝します。お父さまの深い愛で私と家族を導いてくださることを感謝します。神さまだけがお持ちの永遠の愛によって、私と家族が満たされますように。どうか、まだこの愛がわからずに苦しんでいる私の友たちや家族を覚えてください。友だちや家族が、この愛に感動し、価値ある人生を送ることができるように祝福してくださいますよう、聖霊さま、その人たちに強く働きかけてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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