「先生、先生、私たちは死んでしまいます」と言った。イエスは起き上がり、風と荒波を叱りつけられた。すると静まり、凪(なぎ)になった。イエスは彼らに対して、「あなたがたの信仰はどこにあるのですか」と言われた。弟子たちは驚き恐れて互いに言った。「お命じになると、風や水までが従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろうか。」《ルカの福音書 八・24~25》
今、世界中の気候も荒れ狂い、政治の世界も荒れ狂い、人々の心も荒れ狂っています。大きな嵐と波が押し寄せているかのようです。また、私たち一人ひとりに、そして私たちが住んでいる社会にも大きな嵐と波が押し寄せているかのようです。どんな国に住んでいても、どのような町で暮らしていても、毎日の生活には、多かれ少なかれ、大きな嵐と波のような問題や苦しみが押し寄せて来ます。そんな時、私たちは何を土台として生きていくべきでしょうか。私たちの毎日の生活に起こる、すべての荒波を静めるカを持っていらっしゃるお方は、イエス・キリストです。そのことを信じ、イエスさまの約束のみことばを土台として生きなければなりません。
イエスさまが、弟子たちを連れてガリラヤ湖を渡ろうとした時、突然、嵐が起こり、大波がイエスさまと弟子たちが乗っていた船を襲いました。弟子たちの中には、漁師が何人もいました。このような嵐の時には、どうすればいいのか知っていました。けれども、うまくいきません。船が沈みそうになりました。弟子たちは、船の後ろの方で眠っておられるイエスさまを起こしました。イエスさまは起き上がると、嵐をお静めになりました。
弟子たちは、イエスさまを眠ったままにしておきました。これは、イエスさまに対する弟子たちの無関心と不注意を現しています。今も、私たちは、神の国に対して無関心になりがちです。そんな時、必ずと言っていいほど嵐が襲います。私たちは、毎日の生活でイエスさまを眠らせてはなりません。そのためには、いつも神さまと交わる祈りの時間を持たなければなりません。
また、もう一つの教訓は、イエスさまの御声を聞いて、信じなければならないということです。弟子たちは、イエスさまの言われた「湖の向こう岸へ渡ろう《ルカ 八・22》」ということばを信頼しなかったのです。昨日学んだように、イエスさまのみことばは、天と地とその中にあるすべての物を造り、宇宙を支配し、人間の歴史を支配しておられる全知全能の神さまの御カに満ちています。ですから、イエスさまが「向こう岸に行こう」と言われたなら、必ずその通りになるのです。弟子たちはみことばを信頼するべきだったのです。目の前の嵐ばかりを見て、溺れて死ぬことだけを考えました。そして彼らは、大声で「私たちは死んでしまいます」と叫びました。私たちは、すべては神のみことばの通りになることを忘れてはなりません。
嵐を静められたイエスさまを見て、弟子たちは「お命じになると、風や水までが従うとは、いったいこの方はどういう方なのだろうか」と言いました。イエスさまは単なる宗教家や道徳の先生ではありません。イエス・キリストは神の御子です。造り主の神であり、救い主です。私たちを罪から救い、絶望を希望に変え、病をいやし、経済を豊かに祝福し、死の恐れからも解放することがおできになるお方です。主の御力で、私たちの人生と社会の中に襲いかかる荒波を叱りつけ、静めてくださるお方です。いつもイエスさまを眠らせることなく、イエスさまとの親しい交わりを持たせて頂き、みことばを信頼して、みことばの力を体験的に知る者とならせて頂きましょう。
お祈り:祝福の源であられる天のお父さま、感謝します。私たちの人生に襲いかかる荒波を叱りつけ、治めてください。イエスさまの約束のみことば、祝福のみことばを信頼します。どうぞ聖霊さま、新しい油を注いでください。この世に勝利し、神に栄光をささげる人生を送ることができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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