10月5日 主に期待しましょう!

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。《ヨハネの福音書 三・14~15》

人は毎日、何かを期待しながら生きています。多くの人々は運命があって、運命によって人生がつくられると思っていますが、これは間違いです。

人は自分が考え、告白している通りの者になっていくのです。自分が見つめている通りの者になっていくのです。いつも否定的で、破壊的なものを見、それを想像し、そのことを記憶の中に記録し続け、告白している人は、そのような環境がやがてその人を取り囲むようになります。一方、肯定的で、生産的なことを考え、告白し、そのことを想像し、記憶の中に記録し続けるなら、その通りの者になるのです。ですから、運命は自分で創っていくものです。人生は、その人が何を見、また何を期待するかによって決まるのです。

私たちが今、現実に見ているものは、ほとんどのものが希望を失わせるもの、やる気をなくさせるもの、死をもたらすものです。また私たちは、日本の歴史や世界の歴史をしっかりと見、学ばなければなりません。歴史上の人物で、権力と物質だけを期待し、それを手にした人の結末は、皆、悲しい最後を迎えています。私たちの目ざすところは、永遠の天の御国です。イエス・キリストご自身です。「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい《ヘブル 十二・2》」と、聖書は言います。なぜでしょうか?イエスさまは、創り主なる神が人となられ、救い主としてこの地上に来てくださり、十字架の死の最期の時に至るまで父なる神を愛し続け、信頼し続け、板がい続けたお方だからです。

イスラエルの民が、荒野で神さまの恵みを忘れ、不平不満をつぶやいた時、神さまは非常に怒られました。そして、燃える蛇を民に送られました。多くの民は、その蛇にかまれて死にました。その時、神さまはモーセに「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上に付けよ。かまれた者はみな、それを仰ぎ見れば生きる《民数記 二十一・8》」とおっしゃいました。モーセは、青銅で燃える蛇を造り、それを旗竿の上に高く掲げました。燃える蛇にかまれ、苦しんでいる者の中で、この青銅の燃える蛇を見上げた者は救われ、生きたのです。

今、私たちも荒野のような人生を歩んでいます。この地上では、敵である悪魔という燃える蛇に噛まれ、罪の毒、絶望の毒、病の毒、死の毒が体の中に流れ、死にかかっています。私たちも今、十字架のイエス・キリストを仰ぎ見、主に期待しましょう。イエスさまの十字架の御業を信頼し、イエス・キリストの御名によって与えられた罪の赦し、病のいやし、呪いからの解放、よみがえりのいのちを、主に期待しましょう。イエスさまは、十字架によって、私たちを義としてくださいました。義とはすべての罪が赦され、神さまの御前に堂々と立つことのできる資格を言います。悪魔の訴えを退ける力が、その人には与えられます。またイエスさまは、十字架によって、私たちと神さまを完全に和解させてくださいました。その結果、病がいやされ、呪いから解放され、よみがえりのいのちが与えられ、聖霊に満たされ、健やかな人生を送ることができるのです。

お祈り:主を信じ、期待する信仰を与えてくださる天のお父さま、感謝します。私がこの世の中の考えや、悪い思い、否定的な思い、破壊的な思いを持ったとき、聖霊さま、イエス・キリストの十字架を仰ぎ見る者としてください。イエスさまと同じ思いを持つ者とさせてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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