感謝のいけにえを献げる者は、わたしをあがめる。自分の道を正しくする人に、わたしは神の救いを見せる。《詩篇 五十・23》
夏、家の軒下で蜘蛛(くも)が虫を捕まえるために、せっせと蜘蛛(くも)の糸で巣をはっています。蜘蛛(くも)は自分が張った巣に、えさがかかるのをじっと待っています。
人も、その生活態度や言葉を通して、自分の人生に「蜘蛛の巣」をはっているような者です。張った巣には必ず獲物が引っかかるのです。人生に張る蜘蛛の巣とは何でしょうか。大きく二つに分けることができます。一つは、「感謝という蜘蛛の巣」です。もう一つは、「不平不満という蜘蛛の巣」です。
「感謝という蜘蛛の巣」を張ると、その人は「誇りと喜び」という獲物を得ることができます。一方、「不平不満という蜘蛛の巣」を張る人は、「虚しさや悲しみ、嘆き」という獲物を得るのです。ほとんどの人が、暗闇の力にあやつられて、「不平不満という巣」を張ってしまうのです。そうして、自分の人生を破滅に導いています。
感謝は、神さまを信頼し、愛しているからこそ出て来る告白です。毎日、生きていく力の源となります。また感謝は、呪いや苦しみ、暗闇のカを追い出します。いのちの光である主が、その中に住まわれます。天の父なる神さま、おっしゃいました。「感謝のいけにえを献げる者は、わたしをあがめる。自分の道を正しくする人に、わたしは神の救いを見せる。」
あるキリスト者が語りました。「神さまが、私たちに下さった恵みを一つひとつ感謝すれば、不平を言うことはできない。」 どのように悪い状況の中にいても、イエス・キリストが十字架で成し遂げてくださったことを思い、感謝しましょう。罪が赦され、救われたこと。聖霊さまが与えられ、心の中に住んでくださっていること。病気からいやされたこと。祝福されたこと。永遠のいのちが与えられたことなどなど。感謝し始めると、次から次へと、イエスさまが私にしてくださったことを思い起こし、ますます主に感謝をささげ、主を信頼し、主を愛すようになります。不平を言うことは無くなります。感謝していると、最後には、天のお父さまは私たちを喜びと祝福で満たしてくださいます。ですから、決して今の状況を見て、不平不満を言ったり、つぶやいたりしてはならないのです。
不平不満を言い、つぶやくことは、私たちを苦しめるだけです。たとえ、今は苦しみの中に置かれ、何も感謝することなかったとしても、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。《ローマ 八・28》」 神は必ず「すべてのことを働かせて益としてくださる」お方なのです。
私たちが住んでいる、この時代と環境は、変わります。けれども、神さまの恵みは変わることがありません。周りの状況が苦しければ苦しいほど、益々、神さまに感謝をささげましょう。感謝は、神さまの美手を動かし、救いをもたらすのです。
お祈り:私たちを愛してくださる、天の父なる神さま、感謝します。私は愚か者です。感謝しないで、いつも不平不満を言い、つぶやいてしまいます。どうか聖霊さまの助けによって、神のすばらしい恵みを知ることができますように。寝ても、覚めても、いつも感謝していることができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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