10月19日 内なる人と外なる人

ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。《コリント人への手紙 第二 四・16》

今、私たちが生きているこの時代、愛し合うことが冷めています。自分自身の失敗や罪に対しては寛大ですが、隣人に対しては憐れみの心を閉ざし、その人の失敗や罪に対して鋭く指摘し、批判します。けれども、自分自身の失敗や罪に対しては、理屈をつけて正当化し、「私は正しい」と主張します。

衣ではなく、あなたがたの心を引き裂け。あなたがたの神、【主】に立ち返れ。主は情け深く、あわれみ深い。怒るのに遅く、恵み豊かで、わざわいを思い直してくださる。《ヨエル 二・13》」 天のお父さまは、愛の冷えた時代に生きている私たちに対して「着物」を裂くという外面の行為ではなく、「心を引き裂け」とおっしゃっています。「心を引き裂く」とは、徹底的に自分の姿を省みるということです。

自分自身の悪い態度や失敗、あやまちを知りながら、取り繕ったり、言い訳をしたり、正当化したりすると、私たちの内なる人(主によって新しく生まれた人:霊魂)は、主の恵みを受け取ることができなくなります。聖霊さまを消すことになります。人は、内なる人(霊魂)より、外なる人(生まれながらの人:人間中心の心遣い)にだけ、関心を払うのです。もし内なる人が主の恵みを受け取ることができなくなってしまったら、どんなに繁栄しても、どんなに名誉を得ても、どんなに出世をしても、それらは全く意味のないものになってしまうのです。

本当に価値ある人生を送るには、神さまの御前で自己中心の生活から回れ右をして、神さまに立ち返り、神さま中心の生活をする必要があります。聖霊さまの助けによって、自分自身の悪い態度や失敗、あやまちを告白し、イエス・キリストの血潮によって罪を赦して頂き、天のお父さまのみことばを受け入れれば、私たちの内なる人は、よみがえりのいのちで満ち溢れるのです。

こうして、内なる人が回復されることによって、家庭に、学校に、職場に、主のいのちを解き放つことができるのです。そうして、天の御国を広げることができるのです。このような人は、勝利の人生を送ることができます。また、自分が勝利するだけでなく、隣人にも勝利の人生を分かち合うことができるのです。隣人を愛し、隣人のために一粒の麦となることができるのです。

毎日の生活は、何に関心を持つかによって決まります。外なる人(生まれながらの人:人間中心の心遣い)に関心を持ち、この世の基準に従って生活する人は、イエスさまを心の受け入れることができないばかりか、永遠のいのちを得ることができず、永遠の裁きを受けることになります。けれども、内なる人(新生した人の霊魂)に関心を持ち続ける人は、イエスさまを「わが主」と信頼し、永遠のいのちを得続け、価値ある人生を送ることができるのです。キリストの中で新しく造られた者となった人は、外なる人は日々古くなって行きますが、内なる人は日々新しくなるのです。自己中心の生活から回れ右をして、神さまに立ち返り、みことばを思い巡らし、聖霊さまと交わり続けることによって、新しくなることができます。聖霊さまと交わる毎日の祈りの生活はとても重要です。祈り続けましょう。聖霊さまと歩み続けましょう。

お祈り:私たちを愛してくださる天のお父さま、感謝します。信仰によって祈るすべてのことを聞いてくださり、私たちにとって一番良いことをしてくださることをありがとうございます。どうか私たちの内なる人が日々新しくなるようにしてください。聖霊さま、豊かに油を注いでくださいますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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