【主】はイスラエルの家にこう言われる。「わたしを求めて生きよ。ベテルを求めるな。ギルガルに行くな。ベエル・シェバに赴くな。ギルガルは必ず捕らえ移され、ベテルは無に帰するからだ。」 【主】を求めて生きよ。そうでないと、主は火のように、ヨセフの家に激しく下る。火はこれを焼き尽くし、ベテルにはそれを消す者がいなくなる。《アモス書 五・4~6》
預言者アモスが活躍していた時代、イスラエルの悪は目を覆いたくなるほどでした。私たちが生きている今の時代と同じように、性的な道徳が堕落していました。「子とその父が同じ女のもとに通って、わたしの聖なる名を汚している《アモス書 二・7》」と、全ての人の言葉や行い、一つ残らずご存じの主はおっしゃいます。
また、神殿が堕落し、神殿で神さまに仕える祭司が堕落していました。「彼ら(祭司)は、すべての祭壇のそばで、質に取った衣服の上に横たわり、罰金で取り立てたぶどう酒を自分たちの神の宮で飲んでいる。《同 二・8》」
金持ちは、貧しい者をいじめていました。「彼ら(金持ち)は、弱い者の頭を地のちりに踏みつけ、貧しい者の道を曲げている。《同 二・7》」
人々は贅沢でした。おいしい(子牛の)肉だけを食べ、高価な象牙の寝台であくびし、仕事を怠けていました。「象牙の寝台に横たわり長椅子でからだを伸ばし、群れのうちから子羊を、牛舎の中から子牛を取って食べている。《同 六・4》」
神さまの御前できよい生活を送っている正しい人たち、また神さまに頼らなければ生きていけない貧しい人たちが、迫害されていました。「彼ら(イスラエルの民)が金と引き換えに正しい者を売り、履き物一足のために貧しい者を売ったからだ。《アモス二・6》」
商売に使う重りをわざと重くし、わいろを受け取り、門で貧しい者をだましました。「エパ(商売に使うはかり)を小さくし、シェケル(商売に使う重り)を重くし、欺きの秤で欺こう。弱い者を銀で買い、貧しい者を一足分で買おう。屑麦を売ろう。《同 八・5~6》」
このように、アモスの時代は不義に満ちていました。けれども、これら全ての罪の中で最も大きな罪は、神に逆らって偶像を拝む罪でした。きょうのみことばに書かれているベテルとギルガル、ベエル・シェバは、偶像礼拝が盛んに行われている所でした。天の父なる神さまは、この罪悪に対して、アモスに五つの裁きの幻を見せて下さいました。(1)大地の青草を食い尽くすイナゴ《同 七・1~3》、(2)すべてのものを焼き尽くす火《同 七・4~6》、(3)すべての罪を正しくはかり《同 七・7~11》、(4)罪によって熟した夏の果物《同 八・1~2》、(5)殺され、あるいは捕虜とされ、引きずられて行くイスラエルの姿《九・1~4》の五つの姿です。このような時、主はおっしゃいます。「【主】を求めて生きよ。そうでないと、主は火のように、ヨセフの家に激しく下る。火はこれを焼き尽くし、ベテルにはそれを消す者がいなくなる。《同 五・6》」
今の私たちはどうでしょうか。今、人々は、ぜいたくなほどに高価な物を買い、勝手気ままに生き、人をだまし、貧しい者たちを苦しめ、快楽だけを求めています。神さまは、必ず裁かれます。このような中で人々は偶像の神を求め、物質だけを求め、快楽を求め、正しくないことを追い求めています。しかし、私たちは主なる神さまを求めなければなりません。そうしてこそ、救いの道が開かれるのです。「【主】を求めよ、お会いできる間に。呼び求めよ、近くにおられるうちに。悪しき者は自分の道を、不法者は自分のはかりごとを捨て去れ。【主】に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。《イザヤ書 五十五・6~7》」
お祈り:きょうも私たちをお守りくださる天のお父さま、感謝します。私たちの愚かさを赦してください。今まで真の神を悟ることができず、この世の中で救いの神を求め、偶像礼拝、物質、名誉、権力、快楽等に心が奪われていました。今までの過ちを悔い改め、神さまにおすがり致します。どうぞ、私たちの悔い改めの叫び声に耳を傾けてくださり、憐れんでください。私たちを顧みて、恵みの御手を伸ばし、私たちを正しい道へと導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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