1月21日 ユダの裏切り

それで彼(イスカリオテのユダ)はすぐにイエスに近づき、「先生、こんばんは」と言って口づけした。イエスは彼に「友よ、あなたがしようとしていることをしなさい」と言われた。そのとき人々は近寄り、イエスに手をかけて捕らえた。《マタイの福音書 二十六・49~50》

イスカリオテのユダという名前は、「裏切る人」の代名詞です。イエスさまを裏切った後、彼は自殺してしまいました。なぜでしょうか。ユダは自分の欲望をかなえるため、イエスさまに従っていたのです。ユダの考えは、ナザレのイエスは、ダビデやソロモンの時代のように、繁栄したイスラエル王国をもう一度立て直すメシアだ、というものだったのです。彼は、イエスさまは罪を赦す救い主だと考えていませんでした。イエスさまがイスラエル王国を再建した後、自分はその王国で大臣になろうと、彼はもくろんでいたのです。彼は、イエスさまを利用価値のある人だと思っていたのです。

イエスさまの周りに集まって来た人は、イエスさまを神の子として認め、イエスさまの語られるみことばに耳を傾けていました。イエスさまは、沢山の人の病気をいやしておられました。悪霊を追い出しました。死んでしまった青年や少女を生き返らせ、悲しんでいるお母さんやお父さんの腕に、生き返った子をお渡しになりました。荒れ狂う海をたったひと言、「黙れ、静まれ《マルコ 四・39》」と命じ、静められました。大人の男の人だけで五千人の群衆に、五つのパンと二匹の魚から、お腹一杯になる程の食事をお与えになりました。けれどもユダは、イエスさまのなさる奇跡を目の当たりしても、イエスさまを革命家、政治的指導者としてしか考えていませんでした。

実際一緒に生活してみると、イエスさまは自分の思っていたメシアとは全く違っていました。イエスさまは、いつも天の御国について語られました。ユダの夢はだんだんと打ち砕かれ、最後には完全に失望してしまいました。イエスさまに幻滅しました。ユダは、自分が理想としていたことが、ただの幻に過ぎなかったと知り、落ち込んだのです。「私はイエスさまを見損なっていた」と自分をも軽蔑したのです。自分が嫌になったのです。自分には生きている意味がないと思ったのです。

サタンは、そんなユダを使いました。ユダに銀貨三十枚でイエスさまを売らせました。最後には、王国を再建するメシアとして見込んだイエスさまが、十字架にかかられたことに絶望したユダに、悪魔は、首をつって自殺させるように誘惑したのです。

今、多くの人がイエス・キリストを、この世で成功するための手段として使っています。けれども、イエスさまを通して、自分が得ようとした物を得ることができないと分かると、イエスさまを信じる意味がないと、イエスさまから離れ去ります。これはユダの裏切りと同じです。このような人に、イエスさまの十字架による赦しは必要ではないのです。赦しを求めない人には、破滅があるだけです。私たちの主は全ての罪を赦して下さる方です。私たちは、大胆に神さまの御前に赦しを求めて、破滅から救われましょう。神さまは、イエスさまの血潮と御名により、、受け入れて下さるのです。

お祈り:愛の天の父なる神さま、感謝します。今日、ユダを通して、イエスさまの赦しを求めない者の悲しい、みじめな結末を学びました。私と家族が、いつも神さまの御前でへりくだらなければならない罪人であることを告白し、罪の赦しを求める者とさせてください。ユダのように、かたくなにならないようにしてください。キリストの恵みを慕い求める者とさせてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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