律法によれば、ほとんどすべてのものは血によってきよめられます。血を流すことがなければ、罪の赦しはありません。《ヘブル人への手紙 九・22》
きょうは、イエス・キリストの尊い血潮について思い巡らしてみましょう。
イスラエルの民が、奴隷生活を送ったエジプトから脱出するため、神さまのみことばに従って過越の子羊をほふり、その子羊の血を二本の門柱とかもいに塗りました。そしてこの子羊の血によって、彼らは神さまの裁きから救われました。裁きをくだされる神さまの使いが、突然、その夜エジプトの全土を行き巡り、門柱とかもいに血が塗られていない家に入って、その家の長子を殺したのです。エジプトの王であるファラオを始め、地下牢の捕虜の子どもに至るまで、エジプト全土の長子は皆打たれ、死にました。けれども、主のみことばに従って門柱とかもいに子羊の血を塗った家を、神さまの使いは過ぎ越したのです。こうしてイスラエルの民は、エジプトの全家が嘆き悲しむ中を解放され、カナンの祝福された地に向かって出発することができたのです。
この時イスラエルの民が、ほふり、その血を注ぎだした子羊は、イエス・キリストを現しています。
イエスさまがバプテスマ:洗礼を受けるためヨルダン川にいたヨハネのもとに行かれた時、バプテスマのヨハネはイエスさまを見て「見よ、世の罪を取り除く神の子羊《ヨハネ 一・29》」と叫びました。イスラエルの民が門柱とかもいに血を塗ったように、私たちもイエス・キリストの尊い血潮を信仰で受け入れる時、神さまの裁きから救われるのです。
イエスさまの血潮は、罪の赦しを与えます。「すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができない《ローマ 三・23》」と書かれています。そして、「血を流すことがなければ、罪の赦しはありませんと書かれています。
この世で、罪を犯さない人は一人もいません。神さまの御前に堂々と立てる資格を持つ人は誰もいません。イエスさまは、義の生活をしなくてはならないと知っていながら、力が弱く、義の生活を送ることのできない人のため、身代りにとなって、罪と不義と汚れと病と呪いを背負い、十字架につけられて、皆解決してくださいました。私たちは、イエスさまの血によって、神さまの義による裁きを免れることができるのです。イエスさまの血を、心から信頼する時、主なる神さまの御前に堂々と立つことの出来る資格が与えられるのです。また、イエスさまの血潮によって、私たちは神の子とされました。そして、イエスさまの御名と血潮によって、イエスさまと共に、この地を治める権威が私たち神の子には与えられているのです。
お祈り :私たちの身代りとなって尊い血潮を流してくださったイエスさま、感謝します。イエスさまの尊い血潮が、私たちのすべての罪を赦しましたから、感謝致します。今からは、悪魔に訴えられる者ではなく、神さまの義なる子とされた私と家族です。私と家族のために苦難を受けられ、尊い血潮を流されたイエスさま、心から感謝します。私と家族が日々、イエスさまの血潮を賛美し、感謝する者となれますよう、聖霊さま、導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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