わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。《ヨハネの福音書 十四・27》
お金をたくさん持ち、有名な人になり、偉い人になっても、心の中に不安や恐れがあると、幸せだとは言えません。本当の心の平安があってこそ、幸せなのです。人は、生まれた時から「不安」という病気にかかっています。人は、今しか生きられません。しかも、その生活の範囲はとても狭いのです。将来のことが分からず、狭い場所で暮らしているので、「不安」や「恐れ」を感じているのです。将来のことが分かり、日本全体や世界全体のことを一瞬にして理解し、一瞬に見渡すことが出来たなら、どんなにか気持ちが楽に暮らせることでしょうか。人はこのように、時間と空間の制限の中で生活しています。また、環境の圧迫を受けています。身の周りの人から色々と苦しめられます。また、明日はどうなるのだろうと、不安が常に心の中に湧き上がって来るのです。
それだけでなく、人の心(霊・魂)には罪責感があります。「私は、悪いことをしている」と、自分を責める思いが常にあります。この世界で生活している人はみな、必ず罪を犯します。罪を犯さない人は、誰もいません。罪と良心は直接に結ばれています。人は、良心に来る罪責感、悪いことをしているという自分を責める思いによって、不安を感じ、自分の人生に不幸がやって来るのではと、いつも不安を感じるのです。
また人は、人生の意味を見失い、不安になっています。人は誰でも、人から愛され、また人を愛することができる時、本当に幸せです。愛する人がいない人、愛してくれる人がいない人は、不安を感じるのです。
また人は、誰でも、「死んだらどうなるのだろう」と不安を感じて生きています。
このような問題が解決されるまでは、どんなにぜい沢な暮しをしていても、本当に幸せになることはできません。では、どのようにすれば、これらの問題が解決されるのでしょうか。この不安の問題は、イエス・キリストだけが解決することができるのです。イエスさまは、この世界の終わりまで、私たちといつも共にいてくださるからです。このことを信じて、私たちがイエス・キリストを信頼して、主にゆだねれば、不安から解放されます。イエスさまは、きのうも、きょうも、永遠に生きておられ、変わることがありません。世界中の人に、今同時に、ご自身を現すことができるお方です。イエスさまは、私たちの生活の面倒を見てくださいます。責任を持ってくださいます。私たちに明日への希望を与えてくださいます。その結果、私たちは、イエス・キリストの中で勝利することができるのです。それはイエス・キリストが十字架で釘づけられ、私たちの罪のために死んでくださったため、すべての罪は最早私たちを責めることができないのです。イエスさまは、天の父なる神さまを愛し、私たちを愛し、十字架にご自分から上られたのです。イエスさまは、私たちを愛しておられます。私たちもイエスさまを愛しましょう。イエスさまは、私たちの生きる目的となられました。そして、死んで三日目によみがえり、復活されたことによって、私たちも死から解放されたのです。
お祈り:平安と喜びを常に与えてくださる天の父なる神さま、感謝します。イエス・キリストの中にこそ、本当の平安がありますから感謝します。どうか私と家族が、いつもイエス・キリストの十字架を見つめて、平安と喜びの中で生活できますよう、聖霊さま、お導きください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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