3月21日 私を神さまの家族の一員にするため

神はみこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださる方です。 《ピリピ人への手紙 二・13》

「神さまはいらっしゃるかも知れません。神さまがいたとしても、太陽や月、名も知らない星の向こう側の遠くの世界におられるでしょう。私たちとはあまり関係ないですね。」人々はこのように考えています。

しかし使徒パウロは、きょうのみことばに書かれているように、神さまは私たちのうちに働いておられると言っています。イエスさまに信頼して生きている私たちは、神さまの家族の一員になって生きているという事実をはっきりと知らなければなりません。神さまは、ご自分の家族の一員として、人間を創造してくださいました。人は、神さまと対話しながら生きる存在です。愛し合う存在です。けれども、アダムとエバは神さまに逆らい、罪を犯し、堕落しました。罪を犯した人は、神さまと共に生きることはできません。喜びに満ちていたエデンの園から追放されたのです。

神さまは、人間を再びご自分の家族の一員とするために、ひとり子イエス・キリストを、この世に送ってくださいました。神さまに逆らった人類のすべての罪を負って死ぬため、イエス・キリストは十字架にかかられたのです。そして三日目によみがえられました。このことを信じる人は皆、救われ、神さまの家族の一員になることができるのです。

この神さまの御心を素直に受け取り、イエスさまを信頼し、イエスさまに従う人生が、本当に幸せな人生です。このように生きる人が、神さまの家族の一員なのです。神さまの家族ですから、神さまが責任を取ってくださいます。

一方、神さま無しで、一人で生きると言って、神さまから離れる人は、自分ですべての責任を取らなければなりません。神さま無しの人生は悲劇です。それは、言葉では言い尽くせません。人間が受ける様々な悲しみから逃れることができません。母のお腹から生まれた人間は、人生の重荷を一人で負い、苦しまなければなりません。親がいても、兄弟がいても、親しい友人がいても、人生の重荷を分け合って背負うことはできません。人間が経験する最も大きな悲劇は、一人で死を迎えることです。

けれども、だれでもイエス・キリストの中にあれば、全く新しく造られた者となることができます。すべてが変わるのです。イエスさまはおっしゃいました。「その日には、わたしが父のうちに、あなたがたがわたしのうちに、そしてわたしがあなたがたのうちにいることが、あなたがたに分かります。《ヨハネの福音書十四・20》」 イエスさまを救い主と信じる人は、イエスさまの中にいる人です。イエスさまを着ている人です。神さまは、このような人の責任を全面的に取ってくださいます。神さまは、人間がひとりで背負うべき重荷を負ってくださいます。また永遠のいのちの道である天国の道へと導いてくださるのです。

お祈り :私たちと共にいてくださる天のお父さま、感謝します。罪悪がはびこり、苦しみの多いこの世の中で、神さまと共に生きながら、この世に打ち勝つ私と家族になれるようにしてください。家族が堕落しないようにしてくださり、神さまの愛を日々受け取り、喜びと希望をもって生きるようにしてください。信じていない家族や友人、知人や親戚の人が救われ、イエスさまの中に置かれて生きるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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