苦しみに会ったことは、私にとって幸せでした。それにより私は、あなたのおきてを学びました。 《詩篇 百十九・71》
イエスさまを堅く信頼している人、すべての点で神さまに従い、神さまに生活のすべてを完全に明け渡している人、神さまにお仕えしている人でも、主の御心の通りに生きて行くことの困難を覚える時があります。時々、私たちは間違った道へ入ることもあります。神さまを信頼できず、従えない時もあります。このような時、私たちを神の国にふさわしい者にするため、善き天の父なる神さまは、愛の鞭を振り上げることがあります。愛の鞭とは、時には精神的な懲らしめであり、肉体の病であり、毎日の生活の中で起こされる問題や苦しみです。
苦しみが近づく時、自ら深く省みて、私が神さまの愛の鞭である懲らしめを受けるような生活をしたと思えるなら、神さまに深く悔い改め、神さまに立ち返らなければなりません。その時、神さまは苦しみを取り除いてくださいます。「わが子よ、主の訓練を軽んじてはならない。主に叱られて気落ちしてはならない。主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられるのだから《ヘブル 十二・5~6》」と書かれている通りです。
このように、神さまが許された苦しみや困難は、私たちの信仰に益をもたらします。「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです《ローマ 五・3~4》」と書かれている通りです。「練られた品性」は私たちの信仰を成長させる力になります。動物たちも、わが子を一人前にするためには愛の鞭を与え、試練を与えます。
神さまは、ご自分の子たちの信仰を強くするため、色々な苦しみや困難を体験させます。水の中、火の中を通すような苦しみや困難を与え、私たちが祈りと信仰によって乗り越え、より強い信仰を得さるようにしてくださるのです。
ですから、私たちが神さまに従わない態度を取った覚えもなく、神さま中心の生活を送っている、その様な人に突然、病や悪霊の働きや、呪いと思える苦しみが起こされたならば、「祈りと信仰によって退かせるんだ!」と固く決意しなければなりません。あるいは、神さまの御心に逆らい、神さまを信頼しないで、神さまに従わない生活を続けている人に、病が襲い、呪いと思える苦しみが襲って来たならば、その時は、神さまの懲らしめが与えられたと悟り、深く悔い改め、神さまに立ち返らなければなりません。
あなたに、信仰をより深くさせる試練がやって来るときは、感謝する心を持ち、祈りと信仰によって乗り越え、より強い信仰を得てください。
お祈り:私たちを愛してくださり、愛の鞭を与えてくださる天の父なる神さま、感謝します。毎日の生活の中で私たちは色々な懲らしめを受けますが、その都度、神さまの御心を思い出し、感謝できるように導いてください。私と家族を聖霊によって支えてくださり、みことばによって常に新しくしてください。主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。アーメン


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