4月28日 祈り・みことば・献身の生活

また、注ぎの油をアロンの頭に注いだ。こうして彼に油注ぎを行い、彼を聖別した。次に、モーセはアロンの子らを連れて来て、彼らに長服を着せ、飾り帯を締め、ターバンを巻いた。【主】がモーセに命じられたとおりである。 《レビ記 八・12~13》

《レビ記》に書かれているいけにえはすべて、「見よ。世の罪を取り除く、神の子羊《ヨハネ 一・29》」であるイエス・キリストの型であることを学んで来ました。また、私たちが毎日生活する上で、どのようにして神さまの御前に進み出たら良いのかを学んで来ました。きょうは、これから私たちは、どのような心の姿勢で生きるべきかについて調べてみましょう。

きょうのみことばには、アロンと彼の息子たちが、祭司として用いられるために召し出され、また、祭司が神さまの御前で聖別されることが書かれています。私たちはイエス・キリストによって罪が赦され、神の子とされただけでなく、聖なる祭司としても召し出されました。イエス・キリストの福音によって召し出された私たちは、祭司として聖別されるために、毎日をどのように生きるべきなのでしょうか。

第一に、私たちは、毎日祈らなければなりません。四つの福音書を見ると、イエスさまはいつも祈っておられました。イエスさまは、十字架にかかられる前に、ゲツセマネの園で血と汗を流しながら祈られました。神の御子イエスさまが、人となって地上に来て下さいましたが、イエスさまは、事の大小を問わず、常に神さまに祈り、神さまの御心を教えて頂き、御心に徹底して従われました。私たちの生活を神さまに導いて頂くために、祈りは絶対に欠かすことが出来ません。ですから私たちは、神さまに聖別された生活を送るためには、常に祈らなければなりません。

第二に、私たちは、常にみことばを学ばなければなりません。祈りは霊的な呼吸です。みことばを学ぶことは、霊的な食べ物を食べることです。食事を摂らなければ栄養失調にかかります。同じように、神さまのみことばを聖霊さまによって教えて頂かなければ、私たちの心(霊・魂)の成長、信仰の成長が止まります。霊的に栄養失調にかかり、病気になります。心と信仰は、みことばによらなければ、どのようにしても成長することはできません。

第三に、私たちは献身する生活を送らなければなりません。神さまが私たちを召し出し、聖別し、祭司と呼んで下さったのは、私たちが自分自身のために生きるのではなく、神さまの栄光のために生きるためです。私たちは神さまに召し出され、聖別された祭司です。世の中で得られる楽しみのすべてを捨て、主に喜ばれる生活を送らなければなりません。「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。《ローマ 十二・2》」と書かれている通りです。ですから、神さまに喜ばれる生活と、神の国と義を求める生活と、祈る生活を送らなければなりません。また、神さまと隣人のために、献身する生活を送らなければなりません。神さまは、私たちを用いて働きたいと願っておられるのです。聖別された祭司として、自分自身を神さまに献げるならば、今日はきのうより、明日は今日より、もっともっと祝福に満たされるようになるのです。

お祈り:私と家族を愛してくださり、顧みてくださる天の父なる神さま、感謝します。最近、私は社会的な混乱によって苦しみ、痛みを受けています。私が聖別され、神さまに喜ばれる生活を送り、この地に神の義と平和が川の水のように流れる働きに参加できるよう、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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