1月13日 イエスさまが与えてくださる平安

わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。《ヨハネの福音書 十四・27》

きれいな服を着て、おいしい物を食べ、立派な家に住み、贅沢に暮らしても、心の中に不安と恐れが満ちているなら、人は幸福とは言えません。心の中にまことの平安があってこそ、はじめて真の幸福になれるのです。

人は、生まれた時から「不安」という病にかかっています。人は今を生きています。しかも、その生活の範囲はとても狭いのです。将来のことが分からず、狭い場所で暮らしているので、「不安」や「恐れ」を感じているのです。将来のことが分かり、日本全体や世界全体のことを一瞬にして理解し、一瞬に分かるとしたら、どんなにか気持ちが楽に暮らせることでしょうか。占いやオカルトに若者が引き寄せられるのは、将来を知り、周囲のことを知り、気楽に暮らしたいからです。占いやオカルトの背後には、悪魔・悪霊が潜んでいます。注意しましょう。

次に、人の心の中には、悪いことや、やってはいけないことをして、自らを咎める思い、「罪責感」が常にあります。誰ひとり、罪を犯さない人はいません。罪と良心は直接つながっています。悪いことをしていると良心に咎めを感じながら恐れながら、いつ自分の人生に不幸が忍び寄って来るかと、びくびくしながら毎日を過ごしています。

また人は、どこから来て、どこに行くのか、何のために生きているのか、人生の本当の意味を見失っています。そのため「不安」を抱いています。

更には、誰でも自分が愛され、そして愛する相手がいることを望んでいます。愛されていないと感じている人、また愛する相手がいない人は、いつも「不安」を感じます。そして最後に、人は「死んだらどうなるのだろう。死後の世界はどうなっているのだろうか」という「不安」をかかえて生きています。

これらの「恐れ」や「不安」が解決されないことには、いくら立派な家で暮らしていても、本当の幸福にはなれません。どうすればこれらの問題を解決することができるのでしょうか。この問題は、ただイエス・キリストの中にだけ解決があるのです。イエスさまはこの世の終わりまで、いつも私たちと一緒にいるとおっしゃったからです。私たちがイエスさまに信頼すれば、たちまち不安から解放されるのです。そしてイエスさまは、きのうも、きょうも、永遠に生きておられ、変わることがありません。世界中の人に、今、ご自身を現すことが出来るお方です。明日を支配しておられるお方です。明日に希望を与えて下さるお方です。明日はイエスさまがご支配しておられるので、私たちはイエスさまの中で「恐れ」と「不安」に勝利し、きょうを精一杯生きることができるのです。それが私たちに与えられている務めです。

また、イエス・キリストが十字架に釘づけられ、死んで下さいましたから、私たちは罪から解放され、自らの良心を咎める思い、罪責感から解放されることができます。それだけでなく、イエス・キリストは、私たちのために、血を流し、いのちまで捨ててくださいましたから、私たちは愛を知ることができるのです。あなたは愛されています。そして人生の本当の意味を発見することができるのです。イエスさまは十字架で死なれ、葬られました。けれども三日目によみがえられました。私たちは、死に対する「恐れ」や「不安」にもキリストの中で勝利することができるのです。

お祈り:平安を与えて下さる天の父なる神さま、感謝します。罪と呪いと死の不安、恐れによって、平安と喜びを失う時がたくさんあります。この世界のどこに本当の平安があるのでしょうか。それは、主イエスさまだけがお持ちです。どうか平安の主よ、私たち一人ひとりをお守り下さい。どのような苦しみや問題の中でも失望せず、信仰を失うことがないよう、聖霊さま、お導きください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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