私が伝えたいことは、こうです。わずかだけ蒔く者はわずかだけ刈り入れ、豊かに蒔く者は豊かに刈り入れます。《コリント人への手紙 第二 九・6》
会社を起こし、事業を始める際、成功するための鍵になることは、十分にお金を投資することですが、他の要素も投資と同様に必要です。お金も必要ですが、人材も必要となります。これらの要素が不足すれば、その会社や仕事は失敗することも起こり得ます。
けれども、神の国においては、この投資:種を蒔くという法則は何よりも重要です。そして、天の父なる神さまは、この種を蒔くことの祝福を約束してくださっています。私たちが御父の聖なる働きのために種を蒔くと、主は30倍、60倍、100倍の豊かな実をもって、私たちを祝福してくださいます。
ある時、イエスさまの働きのために、幼い子どもが、自分のお弁当である大麦のパン五つと小さな魚二匹を差しだしました。このお弁当は大変質素なものです。天の父なる神さまがそのお弁当を祝福して下さり、男性だけで5000人、老若男女を合わせると数方人が、お腹一杯食べた後、その残りが十二かご一杯になったという奇跡が現れました(ヨハネの福音書六章5~13節)。また、ペテロが一晩中網をおろして魚を取ろうとしましたが、一匹も取れませんでした。ペテロはその船をイエスさまにお貸ししたら、イエスさまは船が沈むほどの多くの魚で満たしてくださいました。
このように、天の御国には法則があります。それは、「豆をまけば豆が実り、小豆(アズキ)を蒔けば小豆(アズキ)が実る」という種蒔きの法則です。聖書には、このように書かれています。「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。《ガラテヤ 六・7》」
まず、私たちが天の父なる神さまの御手に何かをささげてこそ、神さまはそのささげた物を通して、ご自分の働きを進められるのです。もし、私たちが神さまの御前に何もささげず、「天の父なる神さま、恵みを与えてください、私を祝福してくださることを信じます」と、徹夜で祈ったり、断食の祈りをささげたりしても、その祈りは単なる貪欲の祈りです。また、「私には何もささげるものがありません」、「困った、どうしよう」という言葉がすぐに口をついて出る人を、神さまは助けることができません。このような人は、旧約聖書のエリヤの時代にいた、ツァレファテのやもめを見習いましょう。三年六カ月の間、雨が降らず、川が枯れた時、彼女の家にはパンにするための小麦粉がほんの一握りしかなく、ツボの中にもわずかな油しかない時、それで小さなパンを作り、エリヤを通して神さまにささげました。その結果、彼女の家には、神さまが雨を降らせる日まで、小麦粉は尽きず、ツボの油はなくなりませんでした(列王記 第一 十七・1~16)。
ですから、私たちは何よりも先ず「神の国とその義」のために、「献身」という種を、主の御前に蒔きましょう。また、聖潔と愛の種を蒔きましょう。そうする時、天の父なる神さまの恵みが、信仰と希望と愛の実が、私たちの生活の中に30倍、60倍、100倍もの豊かな収穫となって現れて来ます。
お祈り:種を蒔く者に実りを豊かに与えてくださる天の父なる神さま、感謝します。私たちの家庭が、罪と否定的な考えを蒔いて、破滅の実を刈り取るような愚かな家となりませんように、どうか霊と魂を導いてください。天の御国のために神の国の義と聖潔と愛とを蒔くことができますように、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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