12月14日 救いの御手

苦難の日にわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出し、あなたはわたしをあがめる。《詩篇 五十・15》

ユダのウジヤ王は16才の時、彼の父親であるアマツヤの後を継いで王位にのぼり、その後、52年に渡って国を治めました。彼は国内の産業を盛んにし、国民の経済を富ませ、軍隊を強め、国防を固め、外敵の侵入を防ぎました。また外国を倒し、その国の領土を占領し、ユダの国土を広く、大きくしました。彼の名声は、遠くまで鳴り響くようになりました。しかし、有名になり始めるようになるや否や、彼の心の中に、倣慢な考えが忍び寄って来ました。祭司だけが神の神殿に入ることが許されていましたが、ウジヤは神殿に入って、香壇の上で香をたこうとしたのです。そんな彼に神は、重い皮膚病を患わせるようになさいました。重い皮膚病は、汚れた病とされていました。ウジヤ王は汚れた者となり、その後、王宮から追われ、家族からも隔離され、悲惨な最期を遂げました。ウジヤ王を失ったユダの民は、ちょうど牧者を失った羊のように、さまよってしまいました。

このような状態の時、王の一族で、国を愛し、主なる神さまに心より仕えていたイザヤは、心から苦しみ、悩みました。イザヤは、神殿に行って、「主なる神さま、この国はこれからどうなるのでしようか」と叫びました。主は、イザヤの祈りに答えてくださいました。人として生まれる前のイエスさまが、御座に座っていらっしゃる幻をイザヤに見せてくださったのです。イエス・キリストがこの世に生まれる700年も前のこの時代、その姿をイザヤに見せてくださったのです。この世と、今の環境を見て、またイスラエルの罪を思うとき、イザヤの心は絶望で一杯になります。しかし、イエスさまを仰ぎ見るとき、彼の心は信仰で満ちあふれ、どんな状況の中でも、望みを持つようになりました。

私たちも、人生を歩む時、人間関係で失敗し、勉強で失敗し、会社で失敗します。また、健康を失うような病で苦しみます。そんな時、置かれた状況を見れば見るほど、深い絶望の中に落ち込んでしまいます。しかしこのような状態の中で、心から神さまに向かい叫ぶとき、神さまは必ず現れてくださいます。そして、絶望の代わりに希望を、悲しみの代わりに喜びをくださるのです。私たちは、苦難に出会った時、ただ聖霊さまを待ち望みましょう。そうすれば、天のお父さまは必ず、苦難の中から私たちを完全に救い出してくださるのです。

お祈り:救い主なる天の父なる神さま、感謝します。私たちの苦難の時、イエス・キリストを仰ぎ見ることができますように。十字架のイエス・キリストを仰ぎ見るとき、絶望を希望に、悲しみを喜びに、ため息を賛美に変えてくださると確信します。どんな環境においても、信仰を捨てることがありませんように、聖霊さま、私と家族を導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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