1月3日 神さまの奇跡は期待する心に働きます

あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。《ヨハネの福音書 十五・7》

今、目の前に広がっている新しい年を価値ある一年として頂くため、一番必要なことは、天の父なる神さまは喜んで私に恵みを与えて下さるということを期待することです。

天の父なる神さまは、すべてのものを造られた創造主です。私たちは自分の持っている物をささげ、天のお父さまの前に「信仰の種」である献金を蒔きます(ささげます)。私たちは、これらのことを信じています。けれども、心の中で「神さまは私のような者を本当に助けて下さるのだろうか」と疑うなら、何の変化、何の奇跡も起こりません。天の父なる神さまは、私たちが期待する時に働いて下さるのです。

イエスさまは、ある時、教えて下さいました。ある所に富んでいる男がいました。彼には二人の息子がいました。長男は父の言葉に従い、家の仕事を手伝っていました。次男は、自分が将来ゆずり受けるはずの遺産を、父親が生きている今もらいたいと言って父親にせがみ、遺産を分けてもらいました。弟は遠くの国に行って、食べては飲み、飲んでは食べるわがままな生活をし続け、とうとう財産を全部使い果たしてしまいました。そしてついには乞食のような生活をするようになりました。弟は「立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。』《ルカ 十五・18~19》」と考えました。そして父親が自分を雇い人の一人として使ってくれることを期待して、父親のもとに帰って行ったのです。その結果この弟は、わがままな生活をしたにもかかわらず、父親からあふれるばかりの愛と赦しを得たのです。父親は彼を雇い人としてではなく、愛する息子として受け入れてくれました。父親は息子の手に、わが子だけに与える指輪をはめ、足には、雇い人や奴隷には許されず、自由人だけが履ける靴をはかせ、跡取りだけに着せる一番いい着物を着せてもらい、祭りのときに料理する肥えた子牛をほふり宴会を開いたのです。そして「いなくなった息子、死んでしまった息子が帰って来たことを一緒に喜んでおくれ《同 十五・24》」と言ってお祝いしたのです。

けれども長男は、父親に期待して毎日働いていたのではないのです。彼は「お父さん。私はお父さんに従い、毎日勤勉に働いて来ました。けれども私には肥えた牛どころか子羊一頭でさえ、友だちと分けて食べないさいと言って与えてくれたことさえありませんでした。これは本当に不公平なことです《同 十五・29~30》」と父親に向かって言いました。長男は父親に期待していないのです。父親の愛と恵みに応えて働こう、父親の喜ぶことを自分も喜んで働こうと、父親に期待するのではなく、心に不満を持ちながら、仕方なく働いていたのです。

神さまの奇跡は期待する心に働くのです。イエスさまを信じる人は人間の力で生きているのではありません。十字架は十:プラスの印です。皆さんがイエスさまを信じその恵みを期待すると、イエスさまの十字架の贖いによって皆さんの計画と期待の上に天の父なる神さまの力が増し加えられます。ですから私たちは毎日神さまに期待しましょう。

お祈り:イエスさまを信じる者に大いなる恵みを準備して下さる天の父なる神さま、感謝します。毎日、救いといやしと恵みとよみがえりのいのちを与えて下さり、聖霊さまに満たされる生活を与えて下さることを期待します。私と家族の心がくじける時、恵みといつくしみとをもって導き、いやして下さい。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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