怠け者よ。蟻のところへ行け。そのやり方を見て、知恵を得よ。《箴言 六・6》
世の中で生きて行くとき、怠ける人は、自分の望んでいる物を何一つ得ることができません。
キリストにある私たちが慕い求める神さまの恵みも、熱心に求めるとき、受けることができるのです。イエスさまはおっしゃいます。「あなたは何が欲しいのですか。何をして欲しいのですか」と、私たちに具体的な願い事をお尋ねになります。「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は受け、探す者は見出し、たたく者には開かれます。《マタイ 七・7~8》」 聖書に出て来る神の人、神を慕い求める人は皆、神さまのみことばを積極的に慕い求め、それを得ることに全力を注いでいたことが分かります。イエスさまも、朝早くに祈り、徹夜して祈り、断食して祈り、父の御心を慕い求め、御心だと悟ったなら、大胆に行動なさいました。このように、私たちがイエスさまの恵みを受けるためには、たたき、探し、求めることが必要です。
今、多くの人が少し祈って、答えがないとすぐに失望し、祈ることをやめてしまいます。神さまからの祈りの答えを得るためには、先ず、自分の心が神さま中心でなかったことを悔い改め、告白することが必要です。
また神さまからの祈りの答えを得るためには、勤勉な生活態度、仕事や勉強に一身に励む心の態度を持たなければなりません。仕事や勉強に一身に励むことなく、小利口にふるまって成功しようとする人は愚かな人です。知恵や富や名誉は労力を積み重ねていく時に得られるものです。じっとしていて富が生まれるのではありません。「何を食べようか?何を着ようか?何を飲もうか?と心配するな《同 六・25》」と聖書に書いてあるから、私は祈ってさえいれば良い、と言う人がいます。しかし、イエスさまははっきりと「空の鳥を見なさい《同 六・26》」と言われました。枝に止まって羽を休めている鳥ではありません。空を飛び回って、食べ物を熱心に探している鳥のことを言われたのです。このように、私たちも勉強や仕事に一心に励むとき、神さまが祝福して下さるのです。聖書には、はっきり書かれています。「無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者の手は人を富ませる。《箴言十・4》」、「怠け者の心は欲を起こしても何も得ない。勤勉な者の心は満たされる。《同 十三・4》」
ですから、神さまの祝福を得るためには、先ず何よりも勤勉でなければなりません。仕事や勉強に一身に励む心の態度を持ち、毎日の生活で、仕事や勉強に一身に励まなければなんりません。正直と誠実と勤勉、この三つの要素がなければ、神さまは私たちの祈りに豊かに答えることがおできにならないのです。
お祈り:「わたしが喜びとするのは真実の愛。いけにえではない。全焼のささげ物よりむしろ、神を知ることである《ホセア 六・6》」と言われる天の父なる神さま、感謝します。神さまの恵みに、積極的に答える私と家族でありますように。どのような苦しみや困難なことが襲って来ても、たゆまず神さまを求め、戸をたたき、探す信仰の人となることができますよう、聖霊さま、お導きください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


コメント