12月13日 慰めの人

(バルナバ)は立派な人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大勢の人たちが主に導かれた。《使徒の働き 十一・24》

今の時代のように、人情がすたれている時代には、傷つき、ひとりぼっちで、人から邪魔者扱いをされ、苦しんでいる人が沢山います。今、ほとんどの人が慰められることを待ち望んでいます。

きょうの聖書の箇所《使徒の働き 十一章》には、「慰めの子」という名前を持つバルナバという人が出て来ます。彼はやさしく、柔和で、礼儀正しい性格の人でした。また親切で、人々をよく教えました。彼は義なる人であっただけでなく、立派な品性を持っていました。自分の財産を売って、飢えて、貧しく暮らす人々に分かち与えることも、率先して行っていました。また、聖霊と信仰に満ちている人で、隣人に福音を伝えることを切実に願っていました。彼は、天の父なる神さまの恵みに満たされ、信仰の実を豊かに結ぶ神の人でした。彼の働きの結果、多くの人々がイエスさまに出会い、天の父なる神さまの選ばれた民となったのです。彼は、どうして、このような驚くべき働きができたのでしょうか。聖霊さまと共に霊的な生活をし、聖霊さまと共に働いたからです。

それでは、霊的な生活とは、どのような生活を言うのでしようか。霊的な生活をする人は、聖霊の中で暮らします。霊と霊が交わりますので、天の父なる神さまも、聖霊さまを通して私たちの霊と交わられます。私たちが祈る時、天の父なる神さまの御心を悟り、平安に満たされるようにしてくださいます。そうなって初めて、私たちは自分自身以外の人を慰めることができるようになるのです。

また、霊的な生活をする人は、神さまに栄光をささげながら生活します。お金をもうけて、自分だけのために生活するのではなく、天の父なる神さまの栄光を第一に考えて生活します。乏しい人のところに行って、助けることもします。問題や苦難の中で苦しんでいる人の側に行って、励まし、慰めます。

世界史を見ると、中世のルネッサンス以降、人々は神さまを意識的に無視し、人間の知識と理性だけでユートピアを築き上げることができる、と信じて来ました。しかし今日、世界は人々が思っていたようなユートピアとなったでしょうか。いいえ、もっともっと悪くなっていくばかりです。私たちの周りを見渡してください。人格が異常な人、周囲の人からいじめられている人が、何と多いことではないでしょうか。私たちが先ず神さまに出会って、いやされました。今度は、この天の父なる神さまのいやしと慰めを、人々に伝える者として働きましよう。そうするとき、皆さんの家庭と社会と国家が霊的に新しく生まれ、神に栄光をささげることになり、この世界には平和が臨むのです。

お祈り:生きておられる天の父なる神さま、感謝します。私たちを世の中の人々のように、自分勝手な人ではなく、霊的な人としてください。天の父なる神さま、私たちが苦労し、困難に直面している時にこそ、力を注いで、恵みの道に導いてください。私と家族がこの世の富や名誉を求めて生きるのではなく、天の父なる神さまのため、また福音のために生きるようにしてください。私と家族があなた様から受けた恵みと、注がれた聖霊さまの力をもって、隣人のために慰めと希望を与えることができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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