12月20日 キリストの門

狭い門から入るように努めなさい。あなたがたに言いますが、多くの人が、入ろうとしても入れなくなるからです。《ルカの福音書 十三・24》

広く見える門から入り、広く見える道を進む人は、最終的には、火とイオウの燃える池、完全な暗やみの中に落とされます。けれども、狭い門から入り、狭い道を通る時、その門を通り過ぎる度に、天の御国が明るく迫って来ます。

狭い門の第一は、キリストの門です。人間が考えた宗教の門では、天の御国に入ることができません。イエスさまは、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません《ヨハネ 十四・6》」と、言われました。また、「この方(イエスさま)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです《使徒 四・12》」と、はっきりと書かれています。狭い門から入り、狭い道を歩むためには、毎日、イエスさまを救い主として心に迎え入れ、毎日の生活の目標を、天の父なる神さまに栄光をささげることに置き、イエスさま中心に歩んで行くことです。

第二の門は、「聖霊主義の門」です。「聖霊主義」は、天の父なる神さまが、私たちに約束された聖霊さまに満たされ、聖霊の実である「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制《ガラテヤ 五・22~23》」を結ぶことです。この門を過ぎますと、天の御国の栄光の道が益々広くなり、天の御国の光が益々明るく照らされ、この世では受けることのできない平安と喜びが、心の中に満ちあふれるのです。

第三の門は、聖潔主義の門です。聖霊に満たされて進んで行くと、次には聖くされる道に入る門があります。イエスさまは「心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです《マタイ 五・8》」と言われました。この聖潔の門を通る人は、汚れた、みだらな、卑しい所には座りません。そして、体と心とを清め、聖潔にして、聖霊さまと交わり、主の中に深く入ろうとします。ますます聖霊に満たされ、主から勇気を頂きます。この門に入る人には、以前には体験したことがないような、神の啓示と能力が与えられ、恵みの生活を送ることができるのです。

第四の門は、「主の御前にひざまずく門」です。神さまの御前にひれふし、完全に降参して、従順する生活です。この世の人が見れば、愚かで、バカ者のようですが、その人の心の中は、天国の平安と喜びが満ち溢れるのです。天の父なる神さまは、この心を持った人に、天の御国を与えると約束されています。

このように狭い門から入り、狭い道を歩む時、神さまの恵みの中で生活するようになり、天の父なる神さまの御座で暮らす祝福が待っています。

お祈り:私たちのために門となられたイエスさま、感謝します。この世には、数多くの門があります。私と家族が、イエスさまの門を目指し、その門から入り、狭い道を歩む者としてください。罪悪と貪欲の門は広く、私がその門に入ろうとする度に悟らせ、悔い改め、イエスさまを心から愛して従う者となりますように。私と家族と隣人に、喜びと希望を与えてくださいますよう、聖霊さま、導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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