だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。《ヨハネの福音書 七・37~38》
きょうのイエスさまのみことばのように、私たちは「救いの御業が、川の水のように、私からあふれ出る恵みを与えてください」と祈り求めましょう。
ところで、私たちが神さまを知り、イエス・キリストを救い主と信じることができたのは、私たちの考えや知識によるものではありません。人の考えや知識で得た学問は、感覚的な学問です。つまり、五感から得る学問です。目で見て、耳で聞いて、鼻でにおいをかぎ、口で味わい、手で触って得た、感覚的な知識なのです。この知識は、物質的な世界、目に見える世界を知るだけです。
霊的な世界は、私たちの五感では決して知ることはできません。ただ聖霊さまによって啓示されるとき、初めて知ることができる世界、それが霊的な世界です。キリストの道は、この霊的な世界のことです。そして、この道は、聖霊さまがみことばを啓示してくださるとき、歩めるようになる道なのです。「聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません《Ⅰコリント 十二・3》」と書かれている通りです。「イエスを告白しない霊はみな、神からのものではありません《Ⅰヨハネ 四・3》」とも書かれています。ですから、聖霊さまの働きがなければ、イエスさまを信じることはできません。聖霊さまが教えて下さらなければ、天の父なる神さまを知ることもできないし、永遠のいのちを得ることもできません。ですから、私たちは次のように祈り求めましょう。「神さま、私の中におられる聖霊さまが、川の水のようにあふれ出て、私と家族の心に触れ、満たしてください。職場や学校で、私が出会う人たちの中に、聖霊さまが川の水のようにあふれ出て、一人ひとりに啓示してください。私の行くあらゆる場所で、私のくちびるを通して、みことばが語られるとき、聖霊さまが働いてくださり、人々の心が変えられ、罪を示されて心砕かれ、悔い改めるようにしてください。」
私たちは、イエスさまについて沢山のことを知り、沢山の神学を知ったので、イエスさまを信じたのではありません。聖霊さまが私たちの良心を通して入って来られたので、悔い改めることができましたし、イエスさまを私の救い主と信じることができたのです。私たちは、イエスさまを目で見たことがありません。イエスさまの声を耳で聞いたこともありません。イエスさまの着ておられる衣の袖に触れたこともありません。聖霊さまが啓示して下さり、聖霊さまが教えて下さったので、人生をイエスさまに委ねることができたのです。永遠のいのちを頂く事ができたのです。このように、聖霊さまが啓示して下さらなければ、今、神さまを信じることができないし、イエスは主ですと告白することもできません。ですから、「聖霊さま、教えてください」と、切に求めましょう。また、「聖霊さまのお働きが、私を通してあふれ出ますように」と祈り求めましょう。聖霊さまは、キリストのからだに組み込まれたあなたや私をお使いになります。ですから、聖霊さまに満たされることを切に祈り求めましょう。
お祈り:私たちを日々新たにして下さる天の父なる神さま、感謝します。私と家族を通して、聖霊さまによる救いの働きがあふれ出、神の国が広められるようにしてください。聖霊さまの力が一人ひとりに注がれ、みことばを生活の中で実践できるようにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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