見よ。わたしはあなたを鋭く新しい両刃の打穀機とする。あなたは山々を踏みつけて粉々に砕き、丘を籾殻(もみがら)のようにする。《イザヤ書 四十一・15》
一年の最後の月となりました。思い返してみますと、心が傷つき、悲惨な時も多くありました。《イザヤ 四十一章》では、悲惨な状態になったイスラエルの民を、ミミズにたとえています。「恐れるな。虫けら(ミミズ)のヤコブ、イスラエルの人々《同 四十一・14》」と呼びかけています。この虫けらのヤコブとは、バビロンに奴隷として連れて行かれたユダヤの民のことです。虫けらとは、ミミズのように、みじめな状態でいることを言っています。ミミズは、手も足も目も耳もなく、土の中で寂しく暮らしています。奴隷となったユダヤの民も、このミミズのように、力がなく、絶望して暮らしていました。このような状態の民に対して、神さまは「恐れるな。虫けらのヤコブ、イスラエルの人々。わたしがあなたを助ける。──【主】のことば ──あなたを贖う者はイスラエルの聖なる者。見よ。わたしはあなたを鋭く新しい両刃の打穀機とする。あなたは山々を踏みつけて粉々に砕き、丘を籾殻のようにする《同 四十一・14~15》」と語られました。傷つき、無能な存在を回復させ、力強い存在としてくださると仰せられました。ミミズと打穀機、これは本当に対照的な姿です。暗やみの中で寂しく暮らすミミズが、山を踏みつけ、丘を籾殻のようにするというのは驚くべきことです。天の父なる神さまが、力ある御手を伸ばされるとき、実際に可能となるのです。
ダビデもまた、死んだ犬のようになった時がありましたが(Ⅰサムエル 二十四・14)、父なる神さまの御手によって、偉大な王となりました。新約聖書では、ツロフェニキヤの女も、犬のような待遇を受けましたが、イエスさまの恵みを受けました(マタイ十五・27)。
苦難を受けるとき、私たちは非常に弱くされ、みすぼらしくなります。それはまるで、ミミズや死んだ犬のようです。しかしこのような時、聖霊さまの働きを体験する人は、絶望に勝利して、力ある証人となることができます。このような人は、主の力によって「問題や苦痛の山」を砕いて粉々にしてしまい、憂いと恐れの山を、籾殻のように吹き飛ばしてしまう打穀機のようになります。それでダビデは、「【主】は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。【主】は、私のいのちの砦。だれを私は怖がろう《詩篇 二十七・1》」と、主を賛美したのです。だれでも主を信頼すれば、聖霊さまの働きによって、内なる人が強くなり、力ある人となるのです。「どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。《エペソ 三・16》」
この一年、どんな傷を受けたとしても、今、イエスさまの御前でいやされれば、悲惨な存在から、強い存在に変えられるのです。
お祈り:生きておられる天の父なる神さま、感謝します。私たちは、この世でつまずき、倒れ、ミミズのような状態になってしまう時がしばしばありました。しかしイエスさまにすがり、聖霊さまの助けによって再び立ち上がることができます。どうか私と家族が叫び求めるとき、いつも私たちの助け主となられ、私たちを励まし、力を注いでください。「世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる」という主のみことばを信頼して、主を待ち望みます。鷲のように力強く羽ばたく私と家族となれますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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