1月15日 自我が砕かれる3つの過程

こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。《ローマ人への手紙 八・1~2》

神さまと共に歩み、神さまの祝福の中で生きるためには、心の中に深く根付いている自己中心に生きようとする「自我:プライド」が砕かれなければなりません。神さまは、私たちの毎日の生活の環境を通して、また私たちが出会う人を通して、ゆっくりと私たちの自己中心の「自我:プライド」を砕かれるのです。これが砕かると、聖霊さまが私たちに働きやすくなります。けれども、私たちが自己中心の「自我:プライド」を生かすとき、聖霊さまの働きは消えてゆきます。聖霊さまと、私たちの「自我:プライド」とは、一緒に生活することができないのです。では、主はどのようして、私たちの「自我:プライド」を砕かれるのでしょうか。

第一に、みことばを通して砕かれます。メッセージを聞く時、心に感動と感激が起こる時もあります。また、心に刺さるような時もあります。それは、みことばが私たちの心(霊魂)をよみがえらせ、生かし、命を受け取ろうとしているからです。そして同時に、「自我:プライド」を砕こうとするからです。「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます《ヘブル 四・12》」と書かれている通りです。ですから、私たちがみことばを聞く時、またみことばを読む時、私たちの古い心遣いが砕かれ、自分中心に生きる利己主義が砕かれて行くのです。

第二に、聖霊さまの恵みによって砕かれます。「肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らうからです。この二つは互いに対立しているので、あなたがたは願っていることができなくなります《ガラテヤ 五・17》」と書かれています。古い心遣いである肉は、聖霊さまの恵みが臨もうとする時、恵みを受け取ることを邪魔しようとします。また、私たちが古い心遣いである肉の願いの通りに生きようとする時、聖霊さまは私たちを責め立て、苦しめられます。聖霊さまは、罪と死の力から私たちを解放しようとしておられるのです。ですから、私たちが聖霊さまを認め、歓迎し、お迎えする時、聖霊さまは「自我:プライド」を枠かれ、私たちの心(霊魂)の世界を開いて下さり、私たちを神さまのご計画の中に導いて下さるのです。

第三に、主はいろいろな問題や苦しみを通して、私たちを逃げ場のない袋小路に追いやり、古い心遣いである肉を降参させようとなさるのです。私たちが降参して、主の御前で両手をあげ、ハレルヤの格好で出て来る時、聖霊さまは私たちを占領なさるのです。

このようにして、私たちの「自我:プライド」が砕かれると、古い心遣いである肉は二度と立ち上がることはできないのです。そして、心から主イエスさまに献身するようになります。そしてこの時こそ、私たちの人生の中で最も幸福な信仰生活に入る恵みの瞬間なのです。

お祈り :私と家族にいつも臨在してくださる天の父なる神さま、感謝します。私たちがこの世で受ける苦しみや痛みは、神さまの御心を悟ることのできる神さまのご計画の一部であることを賛美します。家族一人ひとりが、この神のみことばを実践できますよう、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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