4月1日 主は陶器師、私は土くれです

私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で造られたものです。 《イザヤ書 六十四・8》

神さまは陶器師であり、私たちは神さまの手の中にある粘土だ、と聖書に書かれています。私たちは器です。器は、自分で色や形を選び、決める権利はありません。陶器師が色や形を決めます。私たちは、ただ神さまの導きによって救われ、新しく造られた者です。私たちが救われたのは、私たちの行いによってでも、願いによってでもありません。神さまがひとり子イエスさまの血によって、罪の代価を払い、買い戻してくださった恵みによって、救われたのです。救われたばかりの私たちは、陶器師が山から運んで来た土のかたまりのように、多くの不純物が混ざっていました。聖霊さまが、私たちに触れてくださり、私たちの中にあるきたない物やみにくい物を教えてくださり、みことばと祈りの中で、イエスさまの血潮により、その不純物をみな洗い流してくださるのです。

陶器師は不純物を取り除き、きれいになった土を再びハンマーと棒でたたき、土を柔らかくし、何度も練ります。これは、まさしく神さまが私たちの中にある悪い品性、即ち自我、怒り、貪欲、偽り、妥協、ねたみ、嫉妬等を砕かれるのと同じです。このような品性は、恵みを受けても、中々なくなるものでありません。神さまは、私たちを砕かれるため、「苦難」というハンマーと棒を使ってたたき、私たちの心が柔らかくなるようにしてくださいます。私たちが、「父なる神さま、私はあなた様を信頼して、御前に参りました」と言って、主の御前に進み出るようになるためです。

その次に陶器師は、砕かれて柔らかくなった粘土を、ロクロの上に置き、ぐるぐる廻わしながら器の形を決めて行きます。神さまが私たちを砕かれたならば、決してそのままにはしておきません。必ず神さまが願われる通りの形の器に造ります。形造られた器に色を付け、うわぐすりを塗ります。神さまは、私たちを美しく装ってくださいます。神の国の宝で飾り、魂に幸いを得、健康になり、いのちにあふれるようにしてくださいます。ですから、神さまの祝福を得ることを願うなら、その前に砕かれる必要があるのです。

最後に、陶器師は器を窯(かま)の中に入れ、数千度になる熱で焼きます。すると陶器は鮮やかな色を帯びて、とても堅い陶器となって出て来ます。神さまは、ご自分の器である私たちを、聖霊の火によってきよめくださいます。そしてこの器は、神さまの栄光を受け、神さまの祝福を受け、恵みを受け、すべての人がこの神さまのお造りになった聖霊さまの器から、主の祝福と恵みを頂いて満ち足りるようにし、人々が幸福になるようにするのです。

神さまは今も、私たちを形造られる陶器師です。不純物の混じっている土の塊(かたまり)のような私たちを選んでくださり、神さまの栄光を入れた器へと造り替えてくださるのです。ある人は、今、砕かれる過程にあり、ある人は火で焼かれる過程にあることでしょう。どんな過程の中にいても、器がすべきことは陶器師に従うことだけです。

お祈り:絶対の主権者であられる天の父なる神さま、感謝します。神さまの主権を認めないで、自分の考えで生きていたことを赦してください。不従順で、高慢であった罪を赦してください。これからは主の御前に、私のすべてのものをささげます。神さまを敬い、神さまの御心の通りに生き、きよい主の民になれるようにしてください。神さまの造られた器として、神さまの栄光を現す者としてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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