9月5日 あわれみ深い者

あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるからです。《マタイの福音書 五・7》

今、この世界はどんどん残酷になっています。人々の心から、憐れみが失われています。相手の立場に立って同情することは、自分が損をするので、人々は憐れむ心を閉ざします。それよりは、自己中心に立って、自分が得することは実行に移し、自分が損することは無視します。ですから家族や学校、地域社会や人々の中の愛は冷えてゆき、荒れ果てて来ています。

罪を犯し、神から離れている人間は、罪と悪に縛られ、サタンと呪いに縛られ、嘆き悲しみながら生活するしかない、悲劇的な存在となってしまいました。このような人間を神さまはあわれんで下さり、救って下さいました。神の御子イエスさまは、人となられ、罪や呪い、病気や絶望に苦しんでいる人々のもとに行き、救って下さいました。永遠の喜びと希望を与えて下さいました。イエスさまは、私たちの身代わりに十字架にかかり、死んで、永遠の救いを私たちに与えて下さいました。どんな人でも、イエスさまを信じ、心にお迎えするなら、罪が赦され、永遠の救いが与えられます。そして、キリストによって新しく造られた者となるのです。この驚くべき変化を体験した人は、隣人を憐むことのできる者となっています。クリスチャンの家族同士は、お互いに憐れむ心を持つことができます。それがイエス・キリストの心だからです。

ある日、律法学者やパリサイ人たちが、みだらなことをする女を捕まえて、イエスさまのもとに連れて来ました。イエスさまがどうするか試すためだったのです。イエスさまが「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい《ヨハネ 八・7》」とおっしゃったので、みな立ち去ってしまいました。

神の律法、神の戒めや命令は、私たちが無力であることをあばき出します。けれども、キリストの救いによって心のうちに住んで下さる聖霊さまは、愛の神であり、私たちの心の底から愛をわき上がらせて下さいます。イエスさまは、私の病を背負って下さいました。私も隣人の病気をあわれみ、祈ることができます。イエスさまは、私の罪と悪を赦して下さいました。私も隣人の罪と悪をあわれみ、赦すことができます。

このように、憐れみ深い心を持った人を、神さまは更に憐れんで下さるのです。私たちが隣人の罪と悪を赦す時、天のお父さまも、私たちの罪と悪を赦して下さるのです。これが、憐れみ深い人が受ける祝福です。

お祈り:罪人を深く憐れんで下さり、いつくしんで下さる天のお父さま、感謝します。限りないご愛と恵みを感謝します。私自身が、天のお父さまの深い憐れみを受けていながら、隣人の罪や過ちを赦さない、情け容赦のない仕打ちをすることがあります。赦してください。私と家族が互いに憐れみ、愛し合うことができますように。また、隣人を憐れんで、愛を与えることができますように、力を注いでください。神さまに栄光をおささげすることができるよう、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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