12月22日 約束のみことば

また求めるものは何でも神からいただくことができます。なぜなら、私たちが神の命令を守り、神に喜ばれることを行なっているからです。《ヨハネの手紙 第一 三・22》

私たちが求めなければならない事は、神さまからの約束のみことばです。新約聖書はギリシヤ語で書かれていますが、神さまからの約束のみことばのことを「レーマ」と言います。「レーマ」とは、ある状況の下にある、ある特定の人に、主が語られる特別なみことばのことです。そのみことばは、必ず実現します。聖書に書かれているみことばは、「ロゴス」と言います。「ロゴス」はすべての人に与えられています。

神さまからの約束のみことばである「レーマ」を受けるためには、先ず、自分の心の中にある罪と不従順を告白し、思いを変えなければなりません。神さまの御前に不従順で、罪を犯しながら、「神さま、祝福してください」と、いくら祈っても、神さまからの約束のみことばは臨むことはありません。ですから、神さまのみことばを頂きたいと願うなら、第一に、罪と不従順を告白し、思いを変え、邪悪な良心をイエスさまの十字架の血潮で洗い流して頂き、清めて頂かなければなりません。

第二に、神さまからの約束のみことばである「レーマ」を受けるためには、熱心に祈り求めなければなりません。イエスさまは、いつでも祈るべきであり、決してして失望してはならないことを、たとえを用いて話されました。一人のかわいそうなやもめが、無情な裁判官のところにやって来ては夜昼なく、「私の相手を裁いて、私を守ってください」と訴え続けたところ、この裁判官は非常に無情であったにもかかわらず、とうとう、この女のために裁判をしてやりました《ルカ 十八・1~8》。このように、神さまに祈る時には、熱心に祈らなければなりません。イエスさまは、「そのように、あなたは生ぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしは口からあなたを吐き出す《ヨハネの黙示録 三・16》」と、おっしゃいます。私たちが、熱心に神さまに向かい叫び求めれば、約束のみことばが私たちに臨むのです。

第三に、神さまの約束のみことばを受けるためには、忍耐する時間が必要です。熱心に祈り求めることは、神さま約束のみことばを受ける近道ですが、ある問題に対して約束のみことばが与えられるには、何ヵ月、何年と祈り続けなければならない時もあるのです。けれども、私たちが忍耐し、待ち望む心をもって神さまの御前で祈れば、必ず約束のみことばが私たちの人生に臨むのです。

第四に、神さまの約束のみことばである「レーマ」が臨んだら、次に、そのみことばに従って行動しなければなりません。周りの状況を見る必要はありません。みことばに従って行動に移す時、奇跡が現れるのです。ペテロはイエスさまが「水の上を歩いて来なさい《マタイ 十四・29》」と命じられたとき、イエスさまのみことば通りに行い、水の上を歩くことができたのです。私たちも神さまの約束を信じ、その通りに行う時、ペテロのように奇跡を体験することができるのです。毎日の生活で奇跡が起こされるのは、神さまのみことば「レーマ」が臨む時です。みことばを通して事業が繁栄し、病がいやされ、家庭が平和になり、霊魂が完全に救われるのです。神さまの約束のみことばは、無いものを有るもののように、死人をよみがえらせる力があるのです。

お祈り:約束のみことば、「レーマ」を与えてくださる天の父なる神さま、感謝します。人々は物質や周りの状況に頼りますが、私と家族は主の約束のみことばに頼ります。神さまのみことばが、私と家族のともし火であり、力であり、いやしであり、愛であり、いのちですから感謝します。どうか、みことば通りに生活する私と家族であるよう、聖霊さま、導いてくださいますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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