12月28日 イエス・キリストの尊い血潮(3)

わたし(イエス・キリスト)の肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしもその人のうちにとどまります。《ヨハネの福音書 六・56》

イエス・キリストの血潮は

第七に、私たちに祈りのことばと祈りに、力を与えます。多くの人々が、「私は祈ることができません」と言います。私はその人たちに、次の様に祈って下さいと言います。「天の父なる神さま、私はイエス・キリストの血潮の力に依り頼みます。私に祈りのことばと力をお与えください」と。義人の血は叫んでいると聖書は言います。アベルの血が神さまに叫んだ時、神さまはその叫びに耳を傾けられました。「さらに、新しい契約の仲介者イエス、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る、注ぎかけられたイエスの血です《ヘブル 十二・24》」と書かれています。イエスさまの血は、アベルの血よりももっとすぐれ、私たちのために天の父なる神さまにとりなしの祈りをしてくださるのです。祈りができないという人は、イエスさまの血潮の力を叫び求めれば、聖霊さまが皆さんのくちびるを感動させて、祈ることができる力を下さるのです。

第八に、イエスさまの血潮には、永遠のいのちがあります。イエスさまは「まことに、まことに、あなたがたに言います。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません《ヨハネ 六・53》」と言われました。植物は、いのちの源である水を吸い上げることができなければ、強烈に照らす太陽によって、みな枯れてしまいます。同じように、この世の人々も、うわべには金や名誉や権力によって生きているように見えますが、実際には、心の中に生気を失ってしまっているのです。しかし、イエス・キリストの血潮を通して、聖霊さまが私たちの中に臨在されると、あふれるばかりのいのちと、主に対する期待の中で暮らすことができるのです。

第九に、イエス・キリストの血潮は、勝利の血です。「兄弟たちは、子羊の血と、自分たちの証しのことばのゆえに竜に打ち勝った。彼らは死に至るまでも自分のいのちを惜しまなかった《黙示録 十二・11》」と書かれています。私たちが、イエスさまの血潮に依り頼めば、いつも勝利の生活を送ることができるのです。生活だけでなく、自分自身の精神的な問題も変える力があります。

最後に、イエスさまの尊い血潮は、私たちの生活のすべてを贖いたいと切に願っています。イエス・キリストの血潮は、掛け替えのない尊いものです。何をもってしても、イエス・キリストの血潮以上に尊いものは、この世には存在しません。その血で買い取られた私たちが、この世と、サタンに負けるはずがないのです。私たちは天の父なる神さまの子であり、王である祭司なのです。「神から生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。《Ⅰヨハネ 五・4~5》」

お祈り:ご自身の尊い血潮で契約を結んでくださったイエスさま、心から感謝申し上げます。その血潮に依り頼み、毎日新しくされますように。新しくなった霊と肉体をもって、この世に出て行き、光と塩の役割を立派に果たすことができますように。イエス・キリストのいのちが私と家族と隣人と社会にあふれますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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