そのやもめたちのだれのところにもエリヤは遣わされず、シドンのツァレファテにいた、一人のやもめの女にだけ遣わされました。《ルカの福音書 四・26》
ある日のこと、イエスさまは故郷のナザレに行かれました。イエスさまが来られたという噂を聞いて、村人たちは足を踏み入れる隙間もないほどに、会堂にぎっしりと集まって来ました。彼らは、イエスさまがカペナウムで行われた奇跡のことを聞いていました。自分たちが知っているイエスは、大工ヨセフの息子で、そんな者がどのようにして奇跡を行うか見てやろうと、集まって来たのです。その時、イエスさまは聖書を開いて、エリヤが生きていた時代のシドンのツァレファテにいるやもめ女の話をされました。
エリヤが生きていた時代、神さまの裁きを受けて3年6カ月にわたって天が閉じ、雨が降らず、大飢饉が起こり、山と野原はちょうど焼け野原のようになってしまいました。多くの動物や人々が、飢えて死んで行きました。しかし、このようになってもイスラエルの人々は悔い改めることをせず、かえって益々バアルとアシェラ像に仕える偶像礼拝を繰り返していました。
この時代、シドンのツァレファテに一人のやもめの女性が暮らしていました。その女性のもとに、エリヤは神さまの命令に従って出かけて行きました。たき木を拾い集めていた彼女に向かって、エリヤは声をかけました。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。一口のパンも持って来てください。《Ⅰ列王記 十七・10~11》」 その時の彼女は、かめの中にわずかに残っている一握りの粉と油で最後のパンを焼いて、それを食べて死のうとしていたのです。そんなところへ、見も知らない人が突然やって来て、自分と息子が最後に食べて死のうと思っていたパンを持って来いと言うのです。そして、もしその通りにすれば、「【主】が地の上に雨を降らせる日まで、そのかめの粉は尽きず、その壺の油はなくならない《同 十七・14》」と言うのです。このやもめの女性は、お腹が減って泣きわめいている息子がいるにもかかわらず、その粉でパンを焼いて、水と一緒にエリヤに差し出しました。やもめの女性にとって、このことは簡単なことではありませんでしたが、彼女は信仰によって、息子よりも神さまのしもべを第一にしたのです。するとこの預言者の言う通り、かめの中の粉はいつまでもなくならず、油もなくならなかったのです。
このように私たちが、まず父なる神さまに信仰をお見せすると、その信仰の土台の上に、神さまが奇跡を起こしてくださるのです。どんな時も、天のお父さまに、イエスさまの御名によって祈りましょう。みことばを読み、思い巡らしましょう。神の義をどのように実践しようかと思い、聖霊さまを信頼しましょう。夜寝る前、聖書を読み、一日を省みて、悔い改め、また感謝しましょう。教会の礼拝会や祈祷会に出席し、心を込めて礼拝しましょう。神さまに心から感謝のささげものや什一返金、他の献金を捧げましょう。このことが、絶対的に最優先にされなければならないことなのです。
お祈り:生きておられ、奇跡を起こしてくださる天の父なる神さま、常に共にいてくださることを感謝します。どんな状況が起こっても、私たちが神さまを信頼し、イエスさまへの信仰を堅く保つことができますように。どうか勇気と希望と大胆な信仰を与えてくださいますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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