1月4日 主が私たちを通過させる「訓練と試練」という器

それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。《ローマ人への手紙 五・3~4》

天の父なる神さまは、ご自分の子たちを鍛えるため、神の子たちを「訓練と試練」という器の中にお入れになります。そうして、その器の中で、彼らの信仰は成長し、品性が生み出されるのです。この器の中に入れられると、神さまの御前で本当に心の底から謙遜になります。

神が、ご自分の子たちを鍛えるための「訓練と試練」という器の形は、ちょうど首が細長く、下が丸い素焼の陶器の形をしています。この中からは外が見えません。ガラスなら光が入りますが、陶器なので光が入りません。ですから暗くて方向もわからず、息がつまりそうになります。この器の中に入れられると家庭は不和となり、崩壊するのではないかと思えるような事が次から次へと起こされます。事業をしている人は、会社が倒産するのではと思えるような事が次から次へと起こされます。仕事は何もかもうまくいきません。自分が計画したことは、何一つ成し遂げられません。まるで針のむしろに座ったかのように思えるのです。将来のことを考えても真っ暗やみです。

この「訓練と試練」という器に入っている時、神の子たちがすべきことはただ一つです。それは、主のみことばをただ完全に信頼することです。この時、ここから脱け出ようと何かをしようとすればするほど、じたばたすればするほど、傷だらけになってしまいます。目には何も見えなくても、耳に何も聞こえなくても、手には何もつかむものがなくても、たとえ天地が崩れ落ちても、一点一画も変わることのない約束のみことばを信頼して実践することだけです。みことばは生きて働いて、きょう、私たちの生活の中で奇跡を現すからです。自分の感情に頼ってはなりません。また環境を見て、心に平安を得ようとしてはなりません。聖書の創世記からヨハネの黙示録までのみことばを信頼するのです。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる《マタイ 四・4》」と書かれているように、みことばを信頼することだけです。私たちに「訓練と試練」という逆境、苦難がやって来る理由は、主は私たち神の子を、みことばの上に立つ信仰を持つ者とならせるためなのです。

次に、この器の中に入れられると、私たちのすべての不信仰が沈みます。モーセはエジプトの王宮を去った後、ミディヤンの荒野で40年間、「訓練と試練」という器の中に入れられ、暮らしました。モーセは、この器の中で、自分自身を信頼することをやめ、謙遜に神さまのみことばに従い、神さまに服従する者となりました。この器の中で、エジプトから脱出する可能性のあるはずのないイスラエルの民が、エジプトを脱出する夢を神さまはモーセにお与えになりました。モーセは「訓練と試練」の器から出て来る時、神さまのみことばだけを信頼する「信仰の杖」一本を持ち、出て来たのです。その杖によって、偉大な神さまの奇跡を現す生活を送ることができるようになったのです。

私たちも「訓練と試練」の器から出て来る時には、モーセのように神さまのみことばだけを信頼する「信仰の杖」一本を持って、神さまの栄光を現す生活を送ることができるのです。人々は私たちの考えやことばや行動が変化したことを見て驚くでしょう。また私たちの家庭や職場が祝福されるのを見て驚くでしょう。

あなたは今、「訓練と試練」の器の中に入れられていると思いますか。そうだったら喜びましょう。現状を見てため息をついてはなりません。信仰の目をもって、遠くを見渡しましょう。イエスさまを見つめましょう。

お祈り:試練を通して信仰を成長させてくださる天の父なる神さま、感謝します。神さまの御心を信じ、どのような試練を受けても、信仰を守る私と家族となれますように、家族一人ひとりを力ある御手で導いてください。どうか大胆な信仰と、忍耐する信仰を与えてくださいますよう、聖霊さま、導いてください。イエス・キリストのいのちが、家庭と隣人と社会に溢れますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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