1月5日 すべてを神さまに委ねて進む一年としよう!

地を造った【主】、それを形造って堅く立てた【主】、その名が【主】である方が言われる。《エレミヤ書 三十三・2》

今、多くの人が「何を食べようか。何を飲もうか。何を着ようか。どこに住もうか」という問題を、自分自身で解決しようと必死になって努力しています。そして自分の思い通りにならないと、人を攻め、周りのせいにし、挙句の果てには、神さまに不平と文句を言い、嘆いています。

主イエスさまを信じる人の苗字は「私が!」という姓ではありません。「主が!」という苗字であると言われます。私たちは、自分自身で何とかしようという態度を捨てて、主にすべてを委ねる者なのです。

聖書を見ますと、神がこの世界を造られた時、第一日目にも第二日目にも、人間はいませんでした。もし神さまが、私たち人間に働くことを願われていたとしたら、アダムとエバも、一緒に神さまの仕事を手伝ったはずです。ところがアダムとエバは、神さまがすべてを造られた最後に、第六日目に造られたのです。私たち人がこの世界に造られ、生活し始めた最初の日は、神さまが天地万物を造り終え、安息した日である第七日目でした。アダムは、神が造られた天と地と万物を見て、その美しさに感動し、「この様に素晴らしい世界にいることができて感謝します。何かお手伝いすることがあるでしょうか」と、申し上げたかもしれません。それに対して、神さまはこう答えらえたことでしょう。「今日はわたしの安息する日である。仕事はわたしが全部したから、あなたは安息から人生を出発しなさい。ただあなたは、わたしを信じて従順する、このことだけをあなたの仕事とし、生活を始めなさい。」

さあ、皆さんが背負っていらっしゃる重荷を、今、神さまの御前におろしましょう。仕事は神さまのものだからです。私たちのすべきことは、ただ神さまがすべての問題を解決してくださるように、神さまにすべてを委ね、信頼することです。神さまは、私たちが自分の心にある問題を委ねるならゆだねるなら、解決してくださるのです。「わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない《ヘブル 十・38》」のです。私たちが信仰から離れて、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようか、どこに住もうかと、やっきになって自分の人生を進もうとするとき、天の父なる神さまは、そのような私たちに、ご自分の偉大な御手によって働きかけることができないのです。解決の手を差し伸べることができないのです。

ですから今年一年、私たちは、すべてを神さまに委ねて進んで参りましょう。

お祈り:人生の重荷を、身代りに背負って下さる天の父なる神さま、感謝します。私たちに降りかかってくる難しい問題を解決しようと、もがく時がよくあります。今、すべての重荷を、主イエスさまに委ねます。どうか私と家族の重荷を主が解決してください。私たちがいつも主に委ね、主の御心に従うことができるように、重荷を主に委ねることができるよう、聖霊さま、お導きください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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