わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。そして、わたしが与えるパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。《ヨハネの福音書 六・51》
肉体が生き続けるためには、食べ物が必要です。同じように、心(霊・魂、精神)が健康で、健全に生き続けるためには、「神の口から出る一つひとつのみことば《マタイ 四・4》」が必要です。そして、そのみことばこそ、《創世記》から《ヨハネの黙示録》までに記録された、神のことばであるイエス・キリストなのです。同時に、イエス・キリストは「天から下って来た生けるパン」であり、「肉」でもあるのです。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた《ヨハネ 一・14》」と書かれています。このように、今、私たちに与えられている神のことばがイエスさまの肉体なのです。では、みことばを読むと、私たちはどのような祝福を受けるのでしょうか。
第一に、みことばには、私たちを聖別する力、父なる神のために整える力があります。「あなたがたは、わたしがあなたがたに話したことばによって、すでにきよいのです。わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木にとどまっていなければ、自分では実を結ぶことができないのと同じように、あなたがたもわたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません《ヨハネ 十五・3~4》」と書かれています。毎日みことばを読み続けると、私たちの心の中にあるゴミ、不信仰と不従順をはっきりと見ることができ、それからを取り除き、父なる神のために整えられるのです。
第二に、みことばには、私たちをいやす力があります。「主はみことばを送って彼らを癒やし、滅びの穴から彼らを助け出された《詩編 百七・20》」と書かれています。毎日イエスさまの肉であるみことばを詳しく読むとき、心身共にいやされ、自分の悩みや病、家庭の中の苦しみや病、会社や学校での悩みや病から解放されるのです。
第三に、みことばは、私たちに知恵を与えます。「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です《詩篇 百十九・105》」と書かれています。暗やみでも、明かりがあれば、どこにでも無事に行くことができます。荒野のようなこの世で生活する時、苦しみや問題は必ず押し寄せて来ます。神さまのみことばさえ握っていれば、その知恵の中で、すべての問題を解決することができるのです。
第四に、みことばは、私たちを成長させます。子どもたちがいつまでも成長しなかったなら、親はとても心配します。天の父なる神さまも、神の子とされた私たちが霊的にどんどん成長することを願っていらっしゃいます。キリストに似る者とされるため、みことばを学び、みことばを実践する時、霊的に成長します。ですから毎日、一定の時間を決めて、聖書のみことばを読みましょう。そうする時、キリストの肉を食べる者となり、「あなたのたましいが幸いを得ているように、あなたがすべての点で幸いを得、また健康である《Ⅲヨハネ 2》」祝福を受けるのです。
お祈り:生きておられる天の父なる神さま、感謝します。私と家族にみことばを下さって感謝します。そのみことばは私と家族のいのち、導き手、光です。知恵です。感謝します。この世のすべては草のように枯れ、しぼみますが、みことばは永遠に変わることがありません。みことばに従い、祝福される私と家族となりますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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