2月12日 主の導きに従う器

父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。《ルカの福音書 二十二・42》

天の父なる神さまが、私たちをどのように訓練してくださるのかについて学んでいます。その訓練のため、天のお父さまは4つの器をお用いになります。最初が「誤解の器」でした。ここで主にすべてを委ねる決心をし、心を静めて行くと、不純物が取り除かれ始めます。第二が「試練の器」でした。ここで私たちは、「神の口から出る一つ一つのことばで生きる《マタイ 四・4》」ことを学ぶように導かれます。第三が「献身の器」でした。主に、心の中の罪を洗い清めて頂き、聖霊さまの火で心の中の貪欲を焼き払って頂くとき、聖霊さまが働きやすい器とされ、主に、わが身と思いの全てを献げるように導かれます。きょうは四番目の器について学びます。

第四番目に入れられる器は、主の導きだけに完全に従いますという「主に導かれる器」です。この第四番目の器の形は、ちょうどトランペットなどの楽器のようです。マウスピースに唇をあてて、唇をふるわせながら息を吹き入れると、息は楽器をぐるぐるまわりながら朝顔のように広がった所から音となって出て来ます。

同じように、この「主に導かれる器」に移し変えられると、今どこにいるのかさっぱり分からなくなります。どこに連れていかれるのかも分かりません。ぐるぐる回っているだけのように思います。このような状態になった器が「主に導かれる器」なのです。

どれが主のお考えの道なのかが分からず、手探りのようにして進まなければならない状態になります。この道は主の御心のようにも思われますが、そうでないようにも思われます。朝には主の御心だと思われますが、昼になると違うように思われ、夕方にはまた主の御心のように思われます。それで最終的に主の御前にひざまずき、「イエスさま、私は今、歩むべき道を悟ることができません。私の全生涯をゆだねます。私の心とからだ、そして生活のすべてを主にお委ねします。どうか主よ、顧みて下さいますように。主よ、御心の通りに導いて下さい。御心だけに従います」と祈るようになります。

この器に入れられると、私たちの中にあったすべての高ぶり、お金持ちになりたいと願う所有欲、有名になりたいと思う名誉欲、不安な気持ち、恐れなど、私たちの心にあるすべてのきたない、くずのような物が沈澱物となって沈んでしまうのです。そうなると私たちは「私の願いではなく、主のお考えの通りにして下さい」と祈るようになるのです。このとき、人間の考えや知識を越えた信仰の深い世界を体験するようになるのです。

私たちは今、どんな器の中にいるのでしょうか。どんな器にいるとしても、先ず、自分自身を砕き、自分の中にある罪と欲望ときたないくずのような物を取り去って頂きましょう。そうして、きよく美しいぶどう酒となりましょう。そうなれば、神さまのすばらしい御業が、豊かに現れる人生を送ることができるのです。

お祈り:私たちを恵みの道に導かれる天の父なる神さま、感謝します。私と家族はあまりにも弱く、すぐにつまずく者です。どうか主よ、私と家族を顧みてくださって、力と勇気を与えてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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