2月24日 子どもたちを育て、教えること

見よ。子どもたちは【主】の賜物、胎の実は報酬。《詩篇 百二十七・3》

きょうと明日の2回にわたり、イエスさまを中心とした家庭を築くために必要なことを学びましょう。

今、社会は道徳的に堕落し切っています。このような社会で、わが子はその影響を受けるのではないか、と親は非常に心配しています。終わりの時代ですから、私たちは益々信仰教育に力を注ぎましょう。ユダヤ人は、律法の書の表紙に蜂蜜を塗って、子どもたちになめさせている、と言われています。そこまでしてでも、幼いころから聖書に触れさせているのです。神のみことばは、甘いということを伝える意味です。

幼い時の信仰教育は、生涯に大きな影響を及ぼします。「子どもを懲らしめることを差し控えてはならない。むちで打っても、死ぬことはない。あなたがむちでその子を打つなら、その子のいのちをよみから救い出すことができる《箴言 二十三・13~14》」と書かれているように、私たちは何よりも、子どもたちが天の父なる神さまに仕えるよう教育しましょう。子どもたちを教育するのに何よりも大切なのは、環境ではなく、霊的雰囲気です。子どもたちに教育の機会を多く与え、きれいな着物を着せ、栄養のたくさんある食べ物を与えることが、父母の務めではありません。最も重要なことは、霊的に正しい人間とはどんな人かを教えることです。イエスさまはおっしゃいました。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら、何の益があるでしょうか。自分のいのちを買い戻すのに、人はいったい何を差し出せばよいのでしょうか。《マルコ 八・36~37》」

いくら子どもたちを良い環境の中で育てても、もしその子が天の父なる神さまの子として永遠のいのちを得ることができなければ、それは悲劇です。このため、キリスト者の親は、子どもたちがイエス・キリストの救いを受け取り、永遠のいのちを得ることができるように全力を注ぎましょう。私たちは、子どもたちが幼い時から真心をこめて霊的な存在となるよう、努力しましょう。

教育学者たちは、人間の思考と人格は、大体6才頃までに完成すると言っています。私たちが信仰教青に特別な関心をもって全力を注いで子どもたちを育てる時、子どもたちは、いつもその教訓を受け入れ、主の信仰から離れないのです。私たちは何よりも、天の父なる神さまを敬う生活が最も重要であることを、子どもたちに教えてあげなければなりません。そして、救われた聖徒として聖潔を追求し、隣の人々に愛を施さなければならないことを教えなければなりません。神さまのみことばの上に立つ事を教えましょう。そして子どもたちのために祈るのです。キリストを信頼することこそが、最も大きな遺産であり、人生の力の源となるのです。

お祈り:私たちに子どもたちを与えてくださった天の父なる神さま、感謝します。主の中で立派に育つようにしてください。子どもたちが神さまに用いられる器となりますように。人々から尊敬される人となれますように。私たちの家庭の上にも、豊かな祝福を注いでください。私と家族がみな、みことばに従順し、神さまに栄光をささげる生活を送ることができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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