彼は私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った。《マタイの福音書 八・17》
《マタイの福音書 八章1節~17節》で、イエスさまが、三人の人を癒やしたことが書かれています。ツァラアト(重い皮膚病)をわずらった人を癒やし、百人隊長のしもべの中風を癒やし、ペテロのしゅうとめの熱病を癒やした記事です。この三人のいやしを通して、イエスさまが約束のメシア、キリストであることを明らかにした使徒マタイは、きょうのみことばを記しています。「彼は私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った。」
イエスさまが病を癒やしたのは、ご自分が神の御子であり、約束のメシアであることを公に示すためでした。また、人々を憐れむあまり、彼らの病を癒やしてくださいました。そしてイエスさまは、行かれる先々で積極的に、人々を病から癒やしました。決して人々を病気のまま、放っておくことはなさいませんでした。神の民が病によって苦しまないで、健康に過ごすことを願われる主が、いつでも、どこでも、神の民を癒やされたのです。イエスさまは、私たちが健康であることを強く願っておられるのです。イエスさまは「癒やし主」なるお方です。
「わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主はあなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病を癒やし《詩篇 百三・2~3》」と書かれています。「神さまが良くして下さったことを何一つ忘れるな」と言う時、その神さまの恵みの中には、すべての咎が赦されたことと、すべての病がをいやされたことが含まれているのです。「イエスは十二弟子を呼んで、汚れた霊どもを制する権威をお授けになった。霊どもを追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒やすためであった《マタイ 十・1》」とも書かれています。
毎日の生活の中でも、癒やし主イエスさまの働きを期待しましょう。また教会の集まりの中でも、すべてのキリスト者が互いに罪を告白し、互いに病がいやされるために、祈りましょう。「イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません《ヘブル 十三・8》」と書かれています。永遠に変わることのないイエスさまは、今日も私たちを救ってくださり、癒やしてくださり、悪霊から解放し、自由にしてくださいます。イエスさまは偉大な医者なのです。癒やし主なのです。病気をも、ご自分の権威ある御名の下に置き、征服したお方なのです。
ですから私たちは、イエスさまの御前に進み出るとき、罪が赦され、罪から救われるだけでなく、霊と心と体全体が癒やされ、隣人と同邦が救われるため、あらゆる病とわずらいから癒やされるために、神の国がこの地上に拡張されて行くために、聖霊さまと共に毎日を歩みましょう。
お祈り:癒やし主であられる天のお父さま、感謝します。険しい毎日の生活で、霊、魂、肉体が傷つき、苦しみます。傷つき、病んだ私たちの霊、魂、肉体と生活を癒やしてくださり、回復してください。隣人の救いのために、この国のリバイバルのため、力強く生きていけるよう、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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