9月7日 平和をつくる者

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。《マタイの福音書 五・9》

今、世界が求めているのは、「平和をつくる人」、つまり「平和の君」です。その人は、天の父なる神さまの御心を実践している人です。イエスさまがこの地に来られた目的は、天の父なる神さまと人間とを和解させ、神との平和を作るためです。救われた人間が、心の内に「キリストの平和」を持つためです。イエスさまこそ、真の「平和をつくる人」であり、「平和の君」です。イエスさまの十字架は、天の父なる神さまとの和解のしるしであり、イエスさまが死なれた事は、和解できた証拠なのです。聖書はこの事実をはっきりと記録しています。「神はこの方を、信仰によって受けるべき、血による宥めのささげ物として公に示されました。《ローマ三・25》」、「こうして、私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。《ローマ五・1》」 このように、イエスさまは神の御子でありながら、私たちのためにいけにえとなられたのです。

イエスさまを信じて心の中に受け入れた人は、イエスさまこそが真の「平和をつくる人」であり、「平和の君」であると、周りの人々に伝えます。ですからクリスチャンは、平和をつくる者であり、イエスさまのように神の子どもと呼ばれることができるのです。神の子としての務めを果たしているからです。人間は、地位やお金や物質で、また政治で平和をつくることはできません。私たちに平和を与えるのは、イエス・キリストの十字架の血潮だけです。

イエスさまの流された血潮と十字架には、力があります。どのような力なのでしょうか。まず、私たちが信仰によって神さまと和解し、神さまとの平和を持ち、そうしてイエスさまの与えて下さる平和を心の内に持つことができます。神さまとの平和を持つことができれば、家族の中も平和となり、隣人との関係も平和を持つことができます。ですから、平和をつくる人は、イエス・キリストの十字架の道を伝える人です。キリストの愛で人を神さまと和解させるからです。また、人と人とを互いに和解させるからです。平和の福音を伝えることは、キリストの愛を持ち、キリストの愛を実践することなのです。忍耐し続け、心へりくだって、主に従順な者とさせて頂きましょう。自分の古い人:肉を十字架につけ、自我と情欲を十字架に付けましょう。イエス・キリストが、天の父なる神さまと私たち人との和解のため、ご自分が十字架で死んでくださったように、平和をつくる者となるためには、いつも私たちの古い人:肉を十字架につけ、自我と情欲を十字架に付ける必要があるのです。

このように、平和の福音を証し、平和をつくる働きをするなら、栄光の聖霊さまが私たちの心の中に満ちあふれてくださいます。天のお父さまの子としての務めを成し遂げることのできる喜びをくださり、更にイエスさまを信頼する確信をくださるのです。今日も、生活の中で平和をつくる者とさせて頂きましょう。天のお父さまから「あなたはわたしの子です」と呼ばれる者とならせて頂きましょう。平和をつくる者は、神に用いられ、「世の光」となります。

お祈り:私と家族を守ってくださる天のお父さま、感謝します。罪人と神とを和解させるために、この世に来られたイエスさまの十字架によって、天のお父さまと和解できたことを感謝します。滅び去るこの世と手を結ぶのではなく、また死と破壊をもたらす悪魔と手を結ぶのではなく、主と手を結ぶことができますように。今からは平和の福音を伝える神の道具となることができますように祝福してください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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