11月9日 本当の幸せ

しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。《ヨハネの福音書 四・14》

サマリアのスカルという町に、ヤコブの井戸がありました。その井戸のかたわらで、イエスさまは、一人のサマリアの女に「わたしに水を飲ませてください《ヨハネ 四・7》」とおっしゃいました。この女の人は、幸せを求め、夫を五人もかえ、今は六人目の夫と暮らしていました。けれども、彼女の求めていた幸福感は、心の中には湧いて来ることはありませんでした。イエスさまは、この女におっしゃいました。「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。《同 四・13~14》」 そして彼女は、イエス・キリストを救い主としてお迎えし、神さまの懐に抱かれました。その時、彼女は心の深い所から、いのちの水の川と幸せの泉が溢れるように湧き上がるのを感じました。そして彼女は、水を汲みに来たのですが、その水がめを置いて走って行き、キリストの福音をサマリアの町の人々に伝えました。

彼女は、夫から愛されることを願っていました。しかし、夫の愛では満足できませんでした。彼女は、結婚を繰り返せば繰り返すほど、絶望して行きました。ところが、キリストに出会った瞬間、彼女が今まで求めて得られなかった幸福感が、湧き上がって来たのです。

私たち人間は、天の父なる神さまなしには幸せにはなれません。罪と咎のために、死ぬしかない私たちのために、天の父なる神さまは、ひとり子イエス・キリストをこの世に送って下さいました。イエスさまは、私たちの罪と咎と汚れを背負って、十字架の上でご自身の尊い血潮を流し、死なれ、私たちを贖ってくださいました。私たちは、このイエスさまの御胸に抱かれたとき初めて、まことの幸せを得ることができるのです。そのとき、私たちは隣人を愛するようになり、御父の被造物を愛するようになります。こうして、私たちの家庭は益々豊かになり、社会にも愛と理解が溢れるようになるのです。

天の父なる神さまは、愛なるお方です。主なる神さまはお一人ですが、その中に父と子と聖霊の三人の神さまがおられます。この三位一体の神は、永遠に、とこしえからとこしえまで変わらず、幸福と愛の神でいらっしゃいます。父なる神さまは、子なる神イエスさまにすべての物をお与えになりました。イエスさまは、父なる神さまから与えられた全ての物を、御父にお捧げになりました。そして、助け主なる聖霊さまは、父なる神の物を子なるイエスさまに捧げ、子なるイエスさまの物を父なる神に捧げるのです。

私たちが、真の幸福の道を歩むためには、父・子・聖霊の神さまのように、全てをお互いに捧げ合う生活をしなければなりません。無理やり5㎞歩かせる者には10㎞一緒に行き、上着を求める者には下着までも与える生活をするとき、私たちの心の中には真の幸せと喜びが満ち溢れるのです。

お祈り:聖であられる天のお父さま、感謝します。私と家族は、今まで、幸せをこの世に見い出そうとしていました。この過ちを赦してください。今からは天の父なる神さまの中に求めます。イエスさまはおっしゃいました。「与えなさい。そうすれば、あなたがたも与えられます。詰め込んだり、揺すって入れたり、盛り上げたりして、気前良く量って懐に入れてもらえます。あなたがたが量るその秤で、あなたがたも量り返してもらえるからです。《ルカ 六・38》」このみことばを悟らせてください。どうかこのみことばに従って、私と家族をいつも幸せにしてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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