11月18日 二種類の声

 「皆さん。この航海では、きっと、積荷や船体だけではなく、私たちの生命にも、危害と大きな損失が及ぶと、私は考えます」と言った。しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した。《使徒の働き 二十七・10~11》

毎日の生活の中で、私たちはいつも二種類の声を聞いています。一つは、人間の知恵と経験を主張する声です。もう一つは、神のみことばを語りかける静かな声です。この二種類の声の内、どちらを選び取るかによって、人生の成功と失敗が決まります。

使徒パウロが福音を宣べ伝えていた時のことです。パウロは迫害され、罪人として両手を縛られ、ローマに連れて行かれ、そこで皇帝による裁判を受けることになりました。パウロは、他の囚人たちと一緒に百人隊長に引かれて、地中海のキリキヤとパンフリヤの沖を通り、ルキヤのミラに入港しました。そこからイタリヤにいく船に乗り込み、「良い港」と呼ばれる所に着きました。船長を初め、多くの船乗りの意見は、ここから出航してクレテ島の港ビニスクまで行って、そこで冬を過ごした方が良いということでした。

これを聞いた使徒パウロは、その考えに反対しました。神の僕であるパウロは事を始める前には必ず祈って、神さまの知恵を受けてから行動していました。その時、パウロが聞いた神さまの御声は、船長や多くの船乗りたちの考えとは違っていました。パウロは言いました。「皆さん。この航海では、きっと、積荷や船体だけではなく、私たちの生命にも、危害と大きな損失が及ぶと、私は考えます。」けれども百人隊長は、パウロの言う事を信用しませんでした。神さまの御声より、長い間の自分たちの経験と知識に基づく航のりや船長の声を信じたのです。そして、ついに出航してビクニスに向かって航海を始めました。

ところが間もなく、彼らの乗った船は、ユーラクロンという暴風雨に巻き込まれてしまいました。こうなっても彼らはなおも、人間の経験と知恵に頼って、出来る限りのことを試してみました。

まず最初に、船乗りの昔からの経験によって、嵐にあった時の備えとして船体を守るため、綱で船体を巻きました。次に、船に積んである荷物をすべて海に捨てました。最後に、船具までも投げ捨てました。船具を捨てるという事は、自分たちが助かる最後の望みを捨てて、天にその運命をゆだねたという意味です。ユーラクロンという暴風雨にあった彼らは、人間の知恵や経験や手段や方法がいかに無力であるかを思い知ったのです。そうして、この時になって、やっとパウロのことばを思い出したのです。

私たちはいつも、注意深く神のみことばを聞き分ける、キリストの弟子であるよう心がけなければなりません。

お祈り:永遠に変わることのない愛なる天のお父さま、感謝します。私たちと交わることを心から喜んでくださる天のお父さま、私と家族が神の御声を聞く者となれますように。私と家族はよく、人間の知恵や体験から出る声を聞き、その声を信頼してしまいます。その結果、絶望することが多くあります。どのような苦痛や苦難が襲って来ても、天の父なる神さまの御声を聞き、実践する者となりますように祝福してください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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