当教会について

スポルジョンの朝ごとに

2月17日 生ける神の泉の傍らに住む

イサクはベエル・ラハイ・ロイの近くに住んだ。《創世記 二十五・11》かつてハガルは、ベエル・ラハイ・ロイという井戸の傍らで、主に救われたことがあった。また後には、イシュマエルはこの井戸から飲んだ(と言われている)。神は、恵み深く、生きて働か...
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2月16日 満足することを学ぶ

私は、どんな境遇にあっても満足することを学びました。《ピリピ人への手紙 四・11》このみことばによって、満ち足りるということが、決して人の生来の性質ではないことが分かる。次のことわざの通りである。「雑草はたちまち、はびこる。」茨が土地をふさ...
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2月15日 キリストに栄光が、永遠にありますように

イエス・キリストに栄光が、今も永遠の日に至るまでもありますように。《ペテロの手紙 第二 三・18》天には、イエスに賛美をささげる声が、絶えず満ちている。そう、永遠に満ちているのである! 数え切れない歳月は絶えず流れ、永遠の日々は果てしなく続...
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2月14日 その日の分の恵み

彼の生活費はその日々の分を、一生の間、いつも王から支給されていた。《列王記 第二 二十五・30》エホヤキンは、捕囚の地バビロンで囚人の服を着替え、王の前で暮らすことが許された。彼は、数か月分の蓄えを与えられたのではない。「彼の生活費はその日...
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2月13日 私たちは今すでに神の子どもです

私たちが神の子どもと呼ばれるために、御父がどんなにすばらしい愛を与えてくださったかを、考えなさい。事実、私たちは神の子どもです。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。愛する者たち、私たちは今すでに神の子どもです。《ヨハネの手紙 ...
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2月12日 キリストの苦難と、キリストの慰め

私たちにキリストの苦難があふれているように、キリストによって私たちの慰めもあふれているからです。《コリント人への手紙 第二 一・5》このみことばには、「キリストの苦難」と「キリストの慰め」についての神聖なバランスが啓示されている。霊妙な導き...
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2月11日 イエスと共にいた

彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、……二人がイエスとともにいたのだということも分かってきた。《使徒の働き 四・13》クリスチャンは、人目を引くほど、イエス・キリストと同じ姿に変えられるべきである。四福音書は既にお読みのことと思う。そこにはキ...
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2月10日 貧しくあることも、富むことも知る

私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。《ピリピ人への手紙 四・12》「貧しくあることに対処する」ことは知っているが、「富むことに対処する」ことを知らない者が多い。教会の尖塔の頂に立てば、目がくらみ、直ぐにそこから落ちるだ...
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2月9日 主に伺う

ダビデが【主】に伺うと、主は言われた。「上って行くな。彼らのうしろに回り込み、バルサム樹の茂みの前から彼らに向かえ。」《サムエル記 第二 五・23》「ダビデが【主】に伺うと、主は言われた。」ペリシテ軍は大挙してやって来たが、ダビデは、神の助...
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2月8日 イエスの御名

その名をイエスとつけなさい。《マタイの福音書 一・21》或る人物と親しくなれば、その人に関わる全てものを慕わしく思うようになるものである。真の信仰者は皆、一つの価値観を共有している。「主イエスはかけがえのない程、尊いお方」という価値観である...