愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間で燃えさかる試練を、何か思いがけないことが起こったかのように、不審に思ってはいけません。むしろ、キリストの苦難にあずかればあずかるほど、いっそう喜びなさい。キリストの栄光が現れるときにも、歓喜にあふれて喜ぶためです。《ペテロの手紙 第一 四・12~13》
「永遠の愛」について、3回に分けて学んでいます。きょうは2回目です。
きょうのみことばでペテロが言っているように、愛を持っているかどうかは、試練:テストを受けることによって明らかにされます。そして、今経験している燃えさかるような試練は、私たちの心の内に燃えている愛の炎を消そうと、暴風のようにやって来ます。ですから、私たちの愛が、温室育ちの花のように、ひ弱であってはいけません。苦しみを通り抜けた後、主は必ず祝福を与えてくださいます。また苦しみを通り抜けた者は、携挙のとき、喜び踊る者となるのです。
イエスさまが、マルタの家に愛の種を蒔いて去って行かれた後しばらくすると、この家に大きな苦しみがやって来ました。兄のラザロが、病気になりました。マルタとマリヤは、熱心に看病しました。けれども、ラザロは生死の境をさまよっていました。二人はイエスさまのもとに人を送って、「早く来てください。あなたが愛しておられる者が病気です《ヨハネ 十一・1~3》」と告げました。けれども、使いを送った日に、ラザロは息を引き取りました。この家庭に、再び悲しみが襲いかかりました。二人は、イエスさまの愛に疑いを持ってしまいました。「イエスさまは私たちを愛してくださっているのに、なぜ知らせを受けながら、直ぐに来てくださらなかったのだろうか。」ラザロのお葬式を終わらせると、マルタとマリアは、本当に希望を失ってしまいました。村中の人は、またしても「喜びを失った家、かわいそうな家」と同情していました。
ラザロが死んで四日経ってから、イエスさまはベタニアに到着なさいました。その時、マルタとマリアの二人は、「主よ。もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょうに《同 十一・21、32》」と、つぶやきました。
けれども、イエスさまはおっしゃいました。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。《同 十一・25~26》」 そうおっしゃると、死んで四日経ったラザロを生き返らせました。
愛する皆さん。イエスさまは、今も私たちと一緒におられます。私たちを愛して、過去のいろいろな出来事を、最善へと変えてくださるのです。マルタとマリアは、この苦しみを通して真理を知ることができました。神さまの愛は永遠です。決して変わることがありません。たとえ、私たちが手にさわれず、私たちの耳に聞こえず、何のしるしがなくても、雲の上にキラキラと輝いている太陽のように、天のお父さまは、いつも私たちを愛しくださっておられ、見守っていてくださるのです。
きょうのマルタとマリアのように、愛を持っているかどうかは、試練:テストを受けます。その試練を通して、私たちの心の思いの中に、主を信頼しない思いや、みことばを信頼しない思いがあることが明らかにされます。今、聖霊さまに助けを願い求め、その不信仰な思いを捨てて、今も生きて働いておられる天のお父さまを信頼し、主への信頼と期待をもっと深める良い機会となるよう、祈り求めましょう。
お祈り:決して変わることのない愛をもって、永遠に愛してくださる天のお父さま、感謝します。この世の愛はいつも移ろいますが、天のお父さまの愛、変わることがなく、永遠に続きますから感謝致します。どんな苦しみが襲って来ても、お父さまの愛を受け取り続けて生活することができますように、聖霊さま、助けてください。そしてこの愛が、私と家族から、周りの人々に広がって行きますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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