11月22日 力ある信仰

わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないのです。《ヨハネの福音書 十五・5》

今、クリスチャンの中には、天の父なる神さまだけにしかできないお働きを、自分で成し遂げようとする過ちを犯している人が、沢山います。自分で信仰を生み出し、愛を生み出し、いやしを起こし、問題を解決しようとしている人たちです。私たちが徹夜の祈りをして主を叫び求め、あるいはまた、静かに部屋で祈って求めても、私たち自身からは何事も生み出すことはできません。神の御業はすべて、聖霊さまによって生み出されるものなのです。

イエスさまは「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です」とおっしゃいました。イエスさまにつながっていれば豊かにぶどうの実を結ぶことができます。ぶどうの木の枝が、木から切り取られてしまえば、何の実も結ぶこともできません。水分や栄養分を吸い上げることもできません。風が吹く時に、枝を支えることもできません。イエスさまは「わたしにとどまっていなければ、その人は枝のように投げ捨てられて枯れます。人々がそれを集めて火に投げ込むので、燃えてしまいます《ヨハネ 十五・6》」と言われました。私たちが自分で信仰を生み出すことなど、できないのです。愛と祝福も生み出すことはできません。また、健康や永遠のいのちも創り出すことができません。これを生み出す力は、天の父なる神さまだけが持っておられる能力なのです。私たちは、ただ、これらを恵みとして感謝して受け入れる枝にすぎないのです。私たちが今まで結んだ実は、すべて自分で創ったものではありません。

あなたの口を大きく開けよ。わたしが、それを満たそう。《詩編 八十一・10》」 私たちがなすべきことは、主に期待し、主に向かい私たちの口を大きく開いて、待ち望むことです。ことを成就してくださる父なる神さまを待ち望むことです。ぶどうの木であるイエスさまにしっかりとくっついて、樹液であるいのちを吸い取り、実を結ぶことです。それはイエス・キリストだけにある能力です。このようになるとき、私たちはまことの平安と喜びを味わうことができます。

もし毎日の生活で、暴風雨のように、問題が吹きまくっていたとしても、恐れる必要はありません。私たちはイエス・キリストにつながれているのです。問題が迫って来ても、その問題を通して暖かい太陽の光のように、神の栄光が現れ、おいしい実が結ばれるのです。私たちは少しも害を受けません。イエス・キリストを信頼する持つ人は、永遠にイエスさまと結ばれているのです。主イエスさまはは、真のぶどうの木で、私たちはその枝なのです。

お祈り:私たちの王であられ、愛と正義をもって私たちを治めてくださる天のお父さま、感謝します。私と家族が、この世の方法に信頼することなく、神さまに信頼するようにしてください。どうか神さまが力強い御手を伸ばしてくださり、私と家族をお守りください。主の慰めと励ましによって勇気づけられ、ただ天の父なる神さまだけを信頼して、勝利することができますように。どんな困難や問題に出会っても、天の父なる神さまを堅く信頼し、力強い信仰の歩みを進めることができますよう、聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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