彼らは新しい歌を歌った。「あなたは、巻物を受け取り、封印を解くのにふさわしい方です。あなたは屠られて、すべての部族、言語、民族、国民の中から、あなたの血によって人々を神のために贖い(ました)。《ヨハネの黙示録 五・9》
過越の祭りの日に、主の御前でほふられる子羊のように、私たちのためにほふられ、血を流されたイエスさまの尊き血潮には、10の重要な意味があります。今日から3日間にわたって、この意味を学んで参りましょう。
第一に、子羊イエスさまの尊い血潮は、契約を結ぶための血です。「この杯は、わたしの血による新しい契約です《Ⅰコリント 十一・25》」と、イエスさまはおっしゃいました。イエスさまは、天の父なる神さまを代表し、また同時に私たち人間をも代表して、ご自分の尊い血を流され、神と人との間で新しい契約を結んでくださいました。私たち人間社会の間で結ばれた契約も、変更することはできません。ましてや、神の結ばれた契約が変わることなどありません。この契約の血によって、私たちが疲れ倒れたり、悪魔に攻撃されて弱り果てたり、病に苦しんだりする時、聖霊さまが来て、助けてくださり、保護してくださるのです。
第二に、イエスさまの尊い血潮は、罪を赦します。「律法によれば、ほとんどすべてのものは血によってきよめられます。血を流すことがなければ、罪の赦しはありません。《ヘブル 九・22》」 私たちが救われるために、「あなたの犯した罪のために、あなたは代価を支払わなければならない」と言われたなら、誰一人として救われることができません。その代価とは、罪のない人の血でなければならないからです。「すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができ(ない)《ローマ 三・23》」、つまり、救われることはできないのです。私たちは死んで、滅ぶべき罪人です。イエスさまが人となられ、私たちの罪と絶望と呪いと死とを背負い、私たちの身代わりに十字架にかかり、尊い血を流し、死ぬことによって、私たちの罪の赦し、贖いを成し遂げてくださったのです。
第三に、イエスさまの血潮には、人を義人とすることのできる力があります。「ですから、今、キリストの血によって義と認められた私たちが、この方によって神の怒りから救われるのは、なおいっそう確かなことです。《ローマ 五・9》」私たちは、子羊イエスさまの血で、罪を赦して頂いただけではなく、父なる神さまから義と認められたのです。義と認められるとは、神さまの御前に雄々しく立つことのできる資格であり、悪魔の悪巧みの訴えを受けることのない、神さまの守りを頂くことのできる資格です。私たちは「救われた罪人」ではなく、「赦された義人」です。イエスさまの尊い血潮は、天の父なる神さまとの新しい契約の血です。罪をゆるすために流された血です。罪人を義人としてくださる血です。この尊い血潮で代価を支払って贖われた私たちは、悪魔の攻撃や訴えを受けるときにも、大胆に立ち向かって勝利することができるのです。
お祈り:私たちの罪をキリストの血によって清算してくださり、私たちを受け入れてくださった天の父なる神さま、感謝します。私たちの身代りとなり、十字架で尊い血潮を流され、罪によって死ぬべき私たちを救ってくださった恵みを心から感謝します。イエスさまの尊い血で天の父なる神さまと結んだ契約により、私たちは天の御国の民とされたことを感謝します。イエスさまの尊い血潮が私と家族一人ひとりに注がれ、雄々しくこの世で勝利するよう、聖霊さま、助け、導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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