イエスは彼らに言われた。「どうして怖がるのですか。まだ信仰がないのですか。」《マルコの福音書 四・40》
ガリラヤ湖の岸辺で、人々に神の国について教えられたイエスさまは、日が暮れて来たので、弟子たちと向こう岸に渡りました。弟子たちは、幼い子どものようにイエスさまにお従いして行きましたが、イエスさまは弟子たちにとても大切なことを教えるために、湖の真ん中へ彼らを連れて行かれました。その大切なこととは、彼らの魂を砕くことでした。
ガリラヤ湖は、海抜より200メートル以上も低い所にあります。そのため、ガリラヤ湖の北に位置するヘルモン山から風が吹いてくると、湖の周りは真空状態になり、ひっくり返ったような激しい嵐が湖面に吹き荒れます。湖は大しけになるのです。そのため、ガリラヤ湖では突風が起きると、どんな船でも三十分以内に避難しないと沈没してしまいます。
弟子たちとイエスさまが乗った船が湖の真ん中あたりまで来たとき、その嵐が吹き始めました。弟子たちの中には漁師をしていた人もいましたから、彼らの経験や知恵で、その危険から逃れようとしました。どんなに自分たちの知っていることをやってみても、上手くいきません。彼らはどうしようもなくなって、船の後ろの方で手を枕にして眠っていたイエスさまを揺り起こしました。そして状況を知らせて、助けてくださいと願い求めました。イエスさまは起き上がり、湖に向かい、「黙れ、静まれ《マルコ 四・39》」と命じて、嵐を静めました。そして弟子たちに言われました。「どうして怖がるのですか。まだ信仰がないのですか。」イエスさまのこのことばは言い換えると、「あなた方は、なぜ、聖霊さまに頼らないで、自分に頼って生きるのですか」という意味です。もし、彼らが聖霊さまに頼っていたのなら、イエスさまが、「向こう岸へ渡ろう」と言われたのですから、天が崩れ、地が消えてなくなっても、主のみことばを信じて進めばよいのです。それなのに、彼らは押し寄せてくる嵐を恐れ、自分たちの知る限りの手段や方法をすべて用いて戦い、結局、解決はせず、疲れ果ててしまったのです。
私たちの心は、恐れます。その心(魂)は、砕かれる必要があります。イエスさまにお頼りするなら、恐れる必要のないことを、きょうのみことばは教えています。私たちが聖霊さまに頼ることを教えるために計画された、父なる神さまの特別な訓練です。自分に頼り、自分の心(魂)にある知識や手段で生きる人には、神を知る道がありません。無神論者になります。そして、人間中心に暮らす人間中心主義者です。自分に頼り、自分の心(魂)にある知識や手段で生きる人は、感覚を通して生きる人であり、理性主義者であり、自分中心主義者であり、快楽主義者であり、虚無や絶望の奴隷なのです。
しかし、聖霊さまに頼って生きる人は、神のみことばを信頼し、聖霊さまの九つの実、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制《ガラテヤ 五・22~23》」の実を結びながら生きます。ですから、私たちの魂が砕かれて、聖霊さまに頼って生きることができるように、主に求めるべきなのです。ただ聖霊さまを通してのみ、私たちは生きる者とされたのです。
お祈り:今日も私たちをお守りくださる天のお父さま、感謝します。私たちの愚かさを赦してください。今まで、真の神を悟ることができず、この世の中で救いの神を求め、偶像礼拝、物質、名誉、権力、快楽等に心を奪われていました。今までの過ちを悔い改め、神にすがります。どうぞ私たちの悔い改めの叫び声に耳を傾けてくださり、憐れんでください。私たちを顧みて、恵みの御手を伸ばし、私たちを正しい道へと導いてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


コメント