12月19日 きよめてくださる聖霊さま

そしてわたしが父にお願いすると、父はもう一人の助け主をお与えくださり、その助け主がいつまでも、あなたがたとともにいるようにしてくださいます。《ヨハネの福音書 十四・16》

ご覧ください。私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私を身ごもりました《詩篇 五十一・5》」と書かれているように、私たちは皆、罪の中に生まれ、罪を犯しながら暮します。アダム以来、神に逆らい、罪を犯す血が私たちの血管の中に流れています。心の中に不従順の霊が入り込んでおり、目の前の情欲や、この世の誇りで満たされています。それで、義なる生活をしようとすればするほど、私たちはその罪に縛られながら、身もだえする自分を発見するのです。

このような私たちに、聖霊さまが働きかけてくださり、きよ。めてくださいます。罪に縛られ、身もだえする私たちを解放し、キリストの自由を与えてくださるのです。私たち自身の力では、罪と死の力から解放されることはできません。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって《ゼカリヤ 四・6》」、「なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。《ローマ 八・2》」

聖霊さまは、私たちをきよめるために、まず、良心に罪責感をくださいます。罪を犯したら裁かれるという罪責感が私たちの良心をとらえ、神さまの御前に立つようになります。

聖霊さまは、また、私たちをきよめるため、私たちが罪を犯すと、私たちに教育的裁き、訓練をお与えになります。それは、病気や苦しみや問題という形で与えられることがほとんどです。「むちと叱責は知恵を与える。放っておかれた子は母に恥を見させる《箴言 二十九・15》」と書かれている通り、天の父なる神さまは、私たちを愛されるがゆえに、私たちが罪を犯すと、病気、苦しみや問題をお与えになり、私たちを罰し、悔い改めに導かれるのです。そして、私たちが深く悔い改めるとき、豊かに恵みをくださり、その打ち傷を包んで、いやしてくださるのです。ですから、私たちを取り巻く環境に、病気、苦しみや問題が臨んで来たら、それは、聖霊さまが私たちをきよめるために下された愛の鞭であることを悟りましょう。

聖霊さまは、私たちをきよめるため、私たちが切なる思いで祈る時、罪と死の法則から解放してくださいます。私たちは、聖霊さまから来る罪責感と懲らしめによって、「私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか《ローマ 七・24》」と身もだえするようになります。私たちがいくら身もだえして、私たちを縛っている罪と死の縄を断ち切ろうとしても、不可能です。聖霊さまの熱い炎が迫って来ると、その縄は焼け落ちてしまうのです。このように、聖霊さまに満たされると、権力によらず、能力によらず、ただ聖霊さまに満ちあふれた生括を送るようになります。私たちが神さまに心から願えば、天の父なる神さまは、私たちを聖霊さまに満たしてくださるのです。

お祈り:私たちの罪を清算してくださり、罪人にもかかわらず、私たちを受け入れてくださっている天の父なる神さま、感謝します。価なしに赦してくださる恵みを感謝申し上げます。どうか私と家族がその恵みを受け入れて、雪のように白く、また羊の毛のように白く、純粋な聖い生活を送ることができますように導いてください。イエス・キリストのみ名によってお祈りします。アーメン

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