二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。《マタイの福音書 十八・20》
イエスさまが十字架に釘づけられ、ご自分の尊い血潮を流された大きな目的は、私たち一人ひとりの罪を取り除き、心の深みに聖霊さまを与えて下さることです。イエスさまは今、聖霊さまによって、この地上に現れて下さいます。聖霊さまが私たちに与えられてから、イエスさまは世界中、どんな所にも臨在されるようになりました。
イエスさまは、聖霊さまを「風」にたとえてお語りになりました。このたとえが意味することは、聖霊さまは時間と空間を超えて、どんな所にも臨在なさり、御業を現してくださるということです。私たちは、「風」を実際に目で見ることはできません。でも、「風」に吹かれて、いろいろな物が動いている様子を見ることが出来ます。ですから、「風」は確かに存在しているのでます。同じように、聖霊さまも私たちの目で見ることはできませんが、実際に、確かに存在されるのです。「風」と同じように、聖霊さまはどこにでも臨在され、人々にイエスさまの感動をお与えになっています。人々がイエスさまを信じ、変えられている姿を、私たちは目の当たりにします。教会堂で行う礼拝や祈祷会で、聖霊さまは働かれます。教会堂以外で行う伝道集会やカンファレンス:聖会でも、聖霊さまは働かれます。家庭集会の中や、家庭礼拝の中でも働かれます。聖霊さまは、自由に、どこにでも、臨在され、働かれるのです。
イエスさまが肉体を取ってこの地上にいらっしゃった時、イエスさまが行くことができる範囲はせいぜいユダヤとイスラエル程度でした。しかし、神さまは全世界の神であり、イエスさまは全世界の救い主です。そのためには、世界中のどんな場所にも、自由に存在されなければなりません。イエスさまが天に帰られた後は、風のような聖霊さまが、どんな所にでも臨在されるようになりました。時間と空間の制限を受けない聖霊さまは、全世界で同時に働かれるのです。きょうのみことばで、「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです」とイエスさまがおっしゃっているように、イエスさまは現在、私たちを生かす御霊となり、臨在なさっておられ、あらゆる所におられるのです。そして罪人の罪をゆるし、病をいやし、悪霊を追い出し、喜びと平安を与え、永遠のいのちを豊かに与え、天の御国をこの地上で拡大なさっているのです。
このように、聖霊さまを通して私たちの中にご臨在されるイエスさまは、今も心の貧しい人に、主の豊かな福音を語られ、罪の奴隷となっている人を、十字架の贖いによって解放し、また霊の目を開いて真理を悟ることができるようにして下さるのです。私たちは、この聖霊さまをいつも認め、聖霊さまを歓迎し、迎え入れ、聖霊さまを敬い、聖霊さまを信頼しましよう。そうすれば、私たちの家庭に聖霊さまが臨在してくださり、神さまの豊かな祝福に満ちあふれるのです。
お祈り:私たちの家庭を、愛をもってお守り下さる天の父なる神さま、感謝します。家族一人ひとりが聖霊さまに満たされて、イエス・キリストの愛を証し、御国をこの地上に拡大することができますように。また聖霊さまが与えて下さる賜物を用いて、豊かに実を結び、天の父なる神さまに栄光をささげることができますように、聖霊さま、お導きください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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