愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛がある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。《ヨハネの手紙 第一 四・7~8》
何を愛するかによって、人の人格と生活は決まります。
もしお金を愛せば、そのお金によって人格と生活は荒れ果ててしまいます。パウロは「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは金銭を追い求めたために、信仰から迷い出て、多くの苦痛で自分を刺し貫きました《Ⅰテモテ 六・10》」と言っています。また人の上に立ち、支配する権力を愛するなら、その権力によって人生が荒れ果ててしまいます。
けれども、天のお父さまを愛する心を持てば、その愛によって私たちの毎日の生活は、日々新しくなります。この愛を持った人は、青い空、流れる水、美しい鳥の声、気持ちの良い風に毎日感動し、大自然の一つひとつに、天のお父さまの温かい御心を、見つけることができるのです。大自然が無意味に見えますか? イエス・キリストを通して、天のお父さまの愛を思い巡らしてみてください。草一本も、名も知らない野の花も、実に美しく見えます。鳥のさえずる声にも、何とも言えず親しみを覚えます。
私たちはこの地上で生きる間、何よりも主の愛の中にとどまる心の姿勢を、持たなければなりません。主の愛の中にとどまる人は、罪を赦され、聖霊によって選ばれた神の民であり、王である祭司であり、神の子です。天の御国で、主と共に永遠に生きることのできる、すばらしい存在なのです。ですから、自分のことも隣人のことも、ことさら卑しめてみたり、ことさら誇ってみたりせず、天のお父さまに愛され、イエスさまに愛されている者だと考えます。また、どのような苦しみの中でも、決して途中で投げ出さず、キリストの御名のゆえに人々から迫害されても、絶望しないで、いつも喜びながら価値ある人生を送ります。なぜなら、生きる本当の目的を知っているからです。
天のお父さまを愛する私たちは、また、隣人を愛さなければなりません。「愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛がある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。」私たちが隣人を愛し、隣人の成功のために生きていく時、私たちに喜びと平安と希望が主から与えられるのです。これは「山彦の法則」です。「あなたを愛します」と山に向かって言えば、「あなたを愛します」と返って来ます。「あなたを祝福します」と言えば、「あなたを祝福します」と返って来るのです。ですから私たちは、天のお父さが私たちを愛してくださった、その愛を心に沢山頂いて、その愛によって隣人を愛し、隣人の成功のために最善を尽くす美しい人生を生きなければなりません。
人生の成功と幸せと生きがいを自分のものにできるかどうかは、生まれた家が良かったとか、両親が良かったとか、顔やスタイルが良いとか、勉強ができるとかできないとにかかっているのではなく、私たちの心の姿勢にかかっているのです。私たちが愛の心で生きて行く時、人生の成功と幸せと生きがいも、私たちに向ってニッコリ笑いながら近づいて来るのです。
お祈り:愛であられる天のお父さま、私と家族を力ある御手で支えてくださる恵みを感謝します。私と家族が自分たちだけを楽しませるために、自分とこの世を愛することが決してないようにしてください。主なる神と隣人を愛するようにしてくださり、すべての人々にイエスさまの愛を伝えるように助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン


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