7月13日 あなたの心を見守りなさい

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。《箴言 四・23》

心の中の一番大切な考えが悪で満ちていれば、その人は悪人になり、善で満ちていれば、善人になります。イエスさまを裏切ったイスカリオテ・ユダは、イエスさまに従っていた時、イエスさまを救い主としてよりも、イスラエルをローマから独立させる革命家であり、独立した後、イスラエルの王になる方として信じていました。ですからユダはイエスさまによってお金と権力、名誉を得ることだけを考え、3年半の間イエスさまの後をついて行ったのです。しかし、イエスさまは十字架にかかられる直前、ご自分が十字架の上で死なれ、その後復活し、そして天に帰って行くと弟子たちに予め言われると、ユダはショックを受けました。自分の夢が水の泡のように消えてしまったと絶望し、心の中に悪い思いを持つようになりました。その結果、当時、死んだ奴隷の値段である銀貨30枚で、イエスさまをイスラエル議会に売り渡したのです。イエスさまを裏切った後、ユダは後悔し、首をつって自殺してしまいました。

一方、同じようにイエスさまを裏切ったペテロの場合は、ユダとは正反対でした。ペテロはイエスさまを三度も呪い、知らないと言いました。それでもイエスさまはペテロを見捨てず、ご自分の弟子として大きく用いられました。ペテロは心の中の一番大切な考えが悪くなかったからです。

イエスさまはピリポ・カイザリヤ地方で弟子たちに尋ねられました。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。《マタイ 十六・15》」ペテロは答えて言いました。「あなたは生ける神の子キリストです。《同 十六・16》」ペテロはイエスさまを救い主として信じていました。そして、この考えを心の中に一杯にしました。ペテロがイエスさまを知らないと言って、呪った理由は、彼が悪者だからではなく、臆病者だからです。イエスさまを私の主、私の神ですと人々の前で告白する勇気がなかったのです。臆病であったために、ペテロはイエスさまを三度も知らないと言ってしまったのです。そのように言った後、ペテロは深く悔い改めました。ですから、イエスさまはペテロを見捨てませんでした。

今日、みなさんがペテロのように、主がキリストであること、神の御子であることを堅く信じれば、主は決して見捨てはしません。

このように、善人と悪人とは、その人の行いではなく、その人の心の中に満ちていることによるのです。人はうわべによって判断しますが、神さまは心をご覧になります。神さまの御前では、何物も隠しおおせることは出来ません。

では、どうしたら、人間の心は善いもので満ちるようになるのでしょうか。法律や制度、科学や教育、宗教や哲学では、人間の心を善に変えることは不可能です。人間の心が変わるためには、ただ私たちの身代わりに死んで復活されたイエス・キリストの十字架の血潮の力を、信じ、頼らなければなりません。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました《Ⅱコリント 五・17》」と聖書に書かれている通りです。私たちがイエスさまの血潮を頼って、主の御前に進み出れば、聖霊さまの力によって心が変えられます。聖霊さまの考えを持つことができます。こうして、主の弟子として生きて行くことができるのです。

お祈り:私と私の家族の主人であられる天のお父さまに、感謝と賛美をおささげします。私と家族が心の中に悪い考えをもつ時が多くありました。赦してください。私と家族が、聖霊さまの力によって、十字架の血潮によって、善い考えを持つことができるようにお願いします。私の力には限界があります。聖霊さま、助けてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン

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